チャーミングで繊細な作家、小谷ふみさんのこと 〜発行人から見た「あなたのいない夕暮れに」メイキングその2〜
by 高崎健司
発行人が綴る世界の名詩を現代にあわせた新訳でお届けするボイスレター、「あなたのいない夕暮れに」のメイキング、第二回目は作家の小谷ふみさんについてです。
仏教に色即是空(しきそくぜくう)という考え方があります。
物事の一切は「空」つまり無であり、「色(しき)」と呼ばれる現象があるだけである。
世の中のすべての存在の本質は無であり、流れてく現象があるだけだと。
自分の机に置かれたコップを見て、それを「自分の」コップだと思うのはただの現象である。
現象であるからいずれはただ消え去るだけである、と。
それに関係して、唯識論という考えがあります。
あらゆる存在は無かもしれないが、我々の生み出す現象=「想い」の部分には何かしら存在を認めようと。
僕はその考え方が好きです。
前置きが長くなりましたが、エミリー・ディキンソンの新訳をやりたいと思ったときに真っ先に声をかけたのが、作家の小谷ふみさんでした。
小谷さんは、yori.so publishingからはじめて出版された本、「よりそうつきひ」の作者で、エッセイと詩の中間のような手のひらサイズの作品を書く作家さんです。
エミリー・ディキンソンが自室にこもりながら残した、誰かに対する祈りのような詩と、小谷さんが今まで書いてきた言葉たちが重なる部分があるとオファーを喜んでいただき、このプロジェクトは走り出しました。
また手紙のような詩ということで、詩を手紙形式で紹介するというアイディアが生まれ、アカデミックな本からドラマまで、本当にたくさんの文献を読み込みながら新訳を考えてくださった小谷さんのご尽力もあって、繊細な世界観を活かしつつ、決して難解ではない新訳に仕上がりました。
yori.so publshingは、傷きやすくて繊細な人が、その繊細さと一緒に生きるのが楽になるような時間をつくること目指して始まった小さな出版レーべルです。
そのため、繊細さとは何かということを僕もよく考えるのですが、世界に対して「色」をたくさん生み出す心、それを繊細さと呼ぶのかもしれません。
小谷さんとは、何年も前からお仕事させていただく中でご自宅に招いていただいたこともあるのですが、お話していると、とても繊細にいろんな気配りをされる方だというのと同時に、とてもチャーミングで、いろんな「色」を心が生み出している人なんだな、そのチャーミングさも何かを感じることから逃げずにまっすぐに感じ抜いて来た人だけが持てるチャーミングさなのだと感じます。
そして、そこに込められた祈りのようなものが、やがて消え去るただの現象ではなく、唯識論で論じられたような本質的な存在として存在して欲しいと、作品を送り出すときに常に願っています。
またこの連載を、夜寝る前に聞いて心が落ち着くようなボイスレターにしたい、という思いを前々から持っていて、朗読を天野さえかさんにお願いすることになりました。
(続く)
写真・文 高崎健司
高崎健司
yori.so gallery & label代表。心の中にある繊細さを、誰かを傷つけるためではなく、誰かと関わるために使う生き方を助けるために、ギャラリーと出版レーベルを運営してます。
1983年、千葉県生まれ。2005年、国際基督教大学卒業後、ソフトバンク(株)入社、2009年に独立。2011年、non-standard world株式会社を起業。