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エミリー・ディキンソン「『希望』は柔らかな羽をまとって」


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by 小谷ふみ

この連載は、世界の名作と呼ばれる詩を現代にあわせた新訳でお届けするボイスレターです。

「希望」は柔らかな羽をまとって


あなたへ

こんにちは。街のイルミネーションに足をとめ、白い息を深く吐きながら、新しい年へ歩みを進める時期になりました。冬らしい冷たい風吹く日が続きますが、おかわりありませんか。

私の町に流れる川で暮らす鳥たちも、カモやカワウなど冬の鳥が主役になりました。凍りそうで凍らず流れる川をスイスイ泳ぐ鳥たちを眺めていると、バトンタッチし去っていったツバメたちのことが気になりだします。

川の近くには、家族が勝手に名付けた「ツバメ商店街」なる場所があります。春になると、和菓子屋さんや、畳屋さん、床屋さん、それぞれの軒にツバメが巣を作ります。そして初夏の明け方には、人の数よりも多いツバメたちが商店街を飛び出し、川で飛ぶ練習を始め、やがて秋風とともに南へ旅立ちます。

それからしばらく経ったこの時期になると、商店街の空っぽの巣を眺めては、彼らの無事を思い、遠くの空に思いを馳せます。拙い飛び方だったあの子たちは、北風から逃れ、もうひとつの故郷で南風をつかまえられただろうかと。

春夏秋冬を通じて、ずっと我が家に居てくれる小鳥を迎えたくなる時もあるのですが、「私たちはこの『世界』という大きな同じ鳥かごの中で暮らしているんだ」そう思うと、季節にうつろう川沿いの草花を愛でるように、川を訪れる鳥たちの四季をたのしむのもいいなと思うのです。でも、この鳥かごは大きすぎて、冬の向こう側へ渡った小鳥たちの様子を見られません。そのことだけが残念です。

「鳥たちよ、冷たい風にも元気で。激しい嵐にもどうか無事で。
また、春に会えるのをここで待っています」

そう祈り、願う心を、小さくても「希望」と呼ぶのでしょうか。

今日はそんな「希望」を小鳥になぞらえた詩をおくります。

“Hope” is the thing with feathers -
That perches in the soul -
And sings the tune without the words -
And never stops - at all -

And sweetest - in the Gale - is heard -
And sore must be the storm -
That could abash the little Bird
That kept so many warm -

I’ve heard it in the chillest land -
And on the strangest Sea -
Yet - never - in Extremity,
It asked a crumb - of me.

「希望」は柔らかな羽をまとって
心の奥にやどり
言葉なき心の調べを
やすみなく さえずり続ける

強い風にこそ その声は優しく響き
痛みをもたらすほどの嵐に
怯んでしまうことがあっても
小さな鳥は 多くをあたためてきた

私はその声を聞いたことがある
地平線だけが広がる凍える地で
水平線だけが続く果てなき海で
でも どんなに耐えがたい時にあっても
パンのひとかけすらも
私に求めたりせずに

この手紙を書いている間に、ちょっと嬉しい知らせがありました。

南国の華やぐ年末行事を報じるテレビ番組に、通りをビュンビュン飛び交うツバメたちが映り込んでいました。
商店街で暮らしていた私たちのツバメもこの中にいるのかもしれないと、今は遠くで暮らす知り合いが、通行人としてふいに画面に映り込んだような気持ちになりました。思いがけなく元気な姿を目にして、画面がじんわりと涙でくもりました。

この大きな鳥かごも、時に便利で悪くないですね。
あなたの心の小鳥が、冷たい風にあおられ、
迷い傷ついたりしながらも、どうか無事で、元気で、
その胸の奥で、あなたの歌をうたい続けますように。

新しい年も、そう願いながらまた手紙を書きます。

あなたのいない夕暮れに。

文:小谷ふみ
朗読:天野さえか
絵:黒坂麻衣

小谷ふみコメント:エミリー・ディキンソンの私訳によせて

 最近、友人と絵はがきのやりとりしているのですが、彼女が選んだ絵はがきとカラフルな文字から、その暮らしぶりや家族のようす、さらには彼女の内側に広がる世界そのものまでもが、切手が貼られた小さな窓から伝わってくるようです。

「手紙は、肉体は伴わず、精神だけを伝えるという点で、私にはいつも不滅そのもののように思われるのです」という言葉を残したアメリカの詩人 エミリー・ディキンソンは、今から150年ほど前、南北戦争の時代に生き、生前は無名でしたが、1700編もの詩を残していました。

その暮らしは、いつも白いドレスを身にまとい、自宅からほとんど外に出ることはありませんでした。そして社会と世界と、彼女なりの距離を取りながら、詩をひそやかに書き続け、限られた人と手紙のやりとりをして過ごしました。

彼女の詩や手紙には、閉じた窓の向こうに彼女が見つけた、いつまでも失われることのない世界が広がっています。“stay home” ”keep distance” この閉ざされた日々に、彼女の「詩」という窓の向こうを、一緒に眺めてみませんか。

2020年 秋 小谷ふみ

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小谷ふみ

書く人。詩・エッセイ・物語未満。
うろうろと、おろおろと、揺らぎながら揺らがない言葉を紡ぎます。

夫と息子とヤドカリと、丘の上で小さく暮らしています。いまやりたいことは、祖父の一眼レフを使いこなす、祖母の着物を着こなす(近所のスーパーに着て行くのが億劫でなく、そして浮かない)こと。

本「よりそうつきひ」(yori.so publishing)・「やがて森になる」・翻訳作品集「月の光」(クルミド出版)・詩集「あなたが小箱をあけるとき」(私家版)など。

http://kotanifumi.com/