新訳 「茶の本」 第三章:老荘思想と禅(3/6)

by 高崎健司
< 前回からの続きです。
第三章.老荘思想と禅(3/6)
思想の力とは、後の世に影響を与えるだけではなく、同時代の無意味な慣習を打ち破ることにある。
老荘思想は、後に英語のChinaという国名の由来になる秦王朝において、とても栄えた存在だった。
時があるのであれば、老荘思想が数学者たち、韓非子など国家の法を説いた法家たちや、孫子など戦について説いた兵法家たち、修行者や錬金術師たち、そして揚子江の自然を言葉で描いた詩人たちなど同時代の思想家へ与えた影響を考えて見るのも良いだろう。
白い馬が存在すると考えられるのは「白い」という色に起因するのか「固体だから」という形状に起因するのか、と思索した実在論者たちへの影響を無視することはできない。
六朝時代の老荘的な哲学談義「清談」を行った哲学者たちへの影響も見過ごせない。
彼らは禅の哲学者と同じく、純粋で抽象的なものについて議論を行ったのである。
何より老荘思想が、中国人に「その温かきこと玉の如し」と評されるある種の控えめさと洗練を与えたことに目を向けなければならない。
中国の歴史には、王も世捨て人も含めた老荘思想の信望者たちがその信念に従い生きた例がたくさん存在する。
その物語は、逸話、寓話、格言に富んでおり教訓と楽しみに事欠くことはない。
私たちは生きたことがなかったがゆえに死ぬこともなかったあの愉快な皇帝と語り合う仲になりたいものだ。
私たちは列子とともに風に乗り、自分自身が風になり、完全な静けさを見出すこともできるだろう。
あるいは天にも地にも属さず、天地の間に住んだ黄河の老人とともに虚空に住むこともできるだろう。
今日の中国に見られるグロテスクな姿に成り果てた老荘思想にさえ、他の宗教に見出だせないたくさんの想像力を見出すことができるのだ。
しかし老荘思想が東洋世界にもたらした最大の貢献は、美の領域においてだった。
中国の歴史学者は老荘思想を「世界に存在するための技術」と呼んできた。
それは「今、ここ」つまり私たち自身を扱う技術であるからだ。
私たち自身の中でこそ、神は自然と出会い、昨日は明日と別れてゆく。
現在とは絶えず動き続けており、その本質は相対である。
相対は調和を求める。
調和とは芸術であり、私たちの人生を私たち自身がうまく扱うための技術である。
生きるための技術とは、絶えず周囲の環境との調和を取ることにある。
老荘思想では、世界をあるがままに受け入れる。
儒教や仏教と違って、この憂いと煩わしさに満ちたこの世界に、美しさを見出そうとするのだ。
宋の時代の「三酸図」の寓話は、儒教、仏教、老荘思想、三つの教えの違いを見事に説明している。
釈迦、孔子、老子がかつて、人生の象徴としての酢の壺の前に立ち、それぞれ指を浸して液を味わった。
現実主義者の孔子は酸っぱいと、仏陀は苦いと、老子は甘いとそれぞれ言った。
人生という喜劇は、誰もが調和を守りさえすれば、もっと面白くなるのだと老荘思想は説いたのであった。
物事の調和を保ち、自分の立ち位置を確保しながらも、他人に居場所を準備することが、人生という劇で成功する秘訣である。





