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エミリー・ディキンソン「これは世界におくる手紙」

この連載は、世界の名詩を現代にあわせた新訳でお届けするボイスレターです。

mai kurosaka 15


あなたへ

こんばんは。冷たく澄んだ冬の夜空に、イルミネーションの光が華やかに咲く季節になりました。おかわりありませんか。

今日は、ちょっと気が重い用事を、やっと終えた帰り道、小さな光が散りばめられたケヤキ並木を歩きました。私がひと呼吸するよりも、ゆっくり点滅するきらめきのなか、この1年をほっと振り返りました。それはまるで、今年のフィナーレへと続く花道のようで「一年間、おつかれさまでしたね」と語りかけてくるようでした。なんだか感傷的になり、ちょっと涙ぐんでしまいました。

あなたは、どんな一年を過ごしましたか。

私は暮らしに、とても大きな変化がありました。ライフステージが変わる時は、心の状態や身体の調子、人との関係や何かとの距離感、これまでうまく保ってきたバランスを崩しがちです。気をつけなくちゃと分かっていたのに、よろけて、転んで、倒れたまま、しばらく起き上がることができない日々が続きました。
誰かに会うのも、どこかに出かけるのもままならなく、かといって、本や映画にも集中できませんでした。出来ないづくしの自分を、暗く深い穴の中でどんどん持て余してゆきました。

そんな時、車で30分ほどの、少し遠くのパン屋さんに連れて行ってもらいました。このお店は数年前に、家族のザ・ベストオブパン屋を見つけようと、あらゆるお店を巡って見つけたお気に入りのお店です。

ここは、店内の雰囲気だけでなく、パン自体に弾けるような活気があります。トレーとトングを手に、店の入り口に立つと、にこやかなパンたちが一斉に「いらっしゃいませぇ!」と迎えてくれるようなのです。 種類も豊富で、パンそれぞれが、自らのテーマソングを持っていそうなほど個性的でもあります。 よくある定番のアンパンですら、艶やかで存在感があり、あの有名なマーチを歌い出しそうです。
そう、みんながヒーローのように、ぼくを、わたしを、お食べよ!と、語りかけてくるのです。

どうしてもお腹に力が入らない時、口にふくむと、ふんわりあたたかく、ひと口ごと、おへその辺りから、まさに愛と勇気が満ちてゆくようでした。悲しい気持ちから抜け出せない時、心配ごとに絡まってしまった時、その時の気持ちに添うように、味が変わるようにも思えました。

パンは、食べられる手紙のよう。でも、その手紙へは返事の書きようもなく「ありがとう」のかわりに、いくつもの「ごちそうさま」を重ねました。
そうやって、心は、ひと口ごとに、立ち上がって来たように思います。

パンに励まされたり、イルミネーションに労われたり、私たちは、目の前を浮遊する無数のメッセージに、生かされているのかもしれません。
メッセージは、言葉あるなしに関わらず、様々な姿を借りて、誰かから、誰かへと、届けられている。
今日は、そう感じずにはいられない詩を送ります。

This is my letter to the World
That never wrote to Me̶
The simple News that Nature told̶
With tender Majesty

Her Message is committed
To Hands I cannot see̶―
For love of Her―Sweet―countrymen―
Judge tenderly―of Me

これは世界におくる手紙
返事をくれたことはないけれど
自然が語りかけてくる ちょっとした知らせを
優しくも おごそかに

その言づては ゆだねられて
出会うことのない 誰かの手へと
私たちはともにある その愛しい想いを抱いて
あなたがそっと 決めたままに

「さあ、これからどうしていこうか」。長く降り続いた涙がやみ、心が傘をとじるころ、今度は次の一歩を選ぶ時です。まだぬかるんだ道をゆく頼りないつま先には、期待と、同時に、迷いも生まれます。そんな時には、目についたものから、必要以上に意味深くメッセージを受け取ってしまいがちで、困ったものです。

道すがら、赤や黄色信号ばかりに当たると「やめておけってことかな」と、ためらいます。 古着屋さんで、パッと手にしたTシャツに’’ALL IS WELL’’と書いてあれば、「うまくいくかな」と、勢いに乗っかろうとします。
自分の気持ちが、まだグラグラしている時は「言って欲しい言葉」を、また同時に「言って欲しくない言葉」を無意識に探して、拾ってしまうのかもしれませんね。

受け取るメッセージは、その時の自分次第で変わってゆくのだと思うと、目の前の景色が自身を映し出す壮大なモニターのように見えてきます。

世界が自分の同一線上にあるものなのだとすれば、こうして書いているあなたへの手紙も、実は自分への手紙なのかもしれません。
そして、あなたと手紙を交わしながら、私たちは重なり合う世界を、互いに感じ合っているのですね。

自分を、自分の日々を、よりよくすることで、あなたと分け合う世界もよくなると思えば、
もう少しだけ、優しく、あとちょっとだけ、頑張れそうです。

一方で、自分では、どうにもならない、いいことも、よくないこともある毎日です。
あなたにとって、少しでも、いいことが多い明日でありますように。

1日の終わりに、1年の終わりに、
祈りながら、また手紙を書きます。

あなたのいない夕暮れに。

文:小谷ふみ
朗読:天野さえか
絵:黒坂麻衣

小谷ふみコメント:エミリー・ディキンソンの私訳によせて

 最近、友人と絵はがきのやりとりしているのですが、彼女が選んだ絵はがきとカラフルな文字から、その暮らしぶりや家族のようす、さらには彼女の内側に広がる世界そのものまでもが、切手が貼られた小さな窓から伝わってくるようです。

「手紙は、肉体は伴わず、精神だけを伝えるという点で、私にはいつも不滅そのもののように思われるのです」という言葉を残したアメリカの詩人 エミリー・ディキンソンは、今から150年ほど前、南北戦争の時代に生き、生前は無名でしたが、1700編もの詩を残していました。

その暮らしは、いつも白いドレスを身にまとい、自宅からほとんど外に出ることはありませんでした。そして社会と世界と、彼女なりの距離を取りながら、詩をひそやかに書き続け、限られた人と手紙のやりとりをして過ごしました。

彼女の詩や手紙には、閉じた窓の向こうに彼女が見つけた、いつまでも失われることのない世界が広がっています。“stay home” ”keep distance” この閉ざされた日々に、彼女の「詩」という窓の向こうを、一緒に眺めてみませんか。

2020年 秋 小谷ふみ

小谷ふみ

プロフィール写真

書く人。詩・エッセイ・物語未満。 うろうろと、おろおろと、揺らぎながら揺らがない言葉を紡ぎます。

夫と息子とヤドカリと、丘の上で小さく暮らしています。いまやりたいことは、祖父の一眼レフを使いこなす、祖母の着物を着こなす(近所のスーパーに着て行くのが億劫でなく、そして浮かない)こと。

本「よりそうつきひ」(yori.so publishing)・「やがて森になる」・翻訳作品集「月の光」(クルミド出版)・詩集「あなたが小箱をあけるとき」(私家版)など。

http://kotanifumi.com/