あなたのいない夕暮れに vol.5: エミリー・ディキンソン「降り積もる歳月は」

この連載は、世界の名作と呼ばれる詩を現代にあわせた新訳でお届けするボイスレターです。

降り積もる歳月は


あなたへ

こんにちは。新たな年を迎えた鐘の音も遠くなり、日常の鼓動が戻ってきました。寒さも一段と深まりましたが、いかがお過ごしですか。

年賀状や寒中見舞いのやり取りがひと段落すると、私のお正月気分もようやく終わります。数年前までは、年賀状をその年ごと輪ゴムでまとめていたのですが、今は下さった方ごと小さなファイルに収めています。

旅する景色の写真ばかりだった大学時代の友人が、ある年、伴侶を得て、景色に彼らも映るようになりました。毎年の年賀状を続けて見ると、ひとりがふたりになった旅の写真集のようになります。

また、5人家族の恩師の年賀状では、「独立しました」とサッカー少年だった長男次男が次々と年賀状からいなくなり、数年経つと長女も思春期を迎え、写真に写らなくなりました。そして去年は「もう写りたくない」と奥様も……。「とうとう一人になりました」の直筆メッセージとともに、ひとり照れた笑顔が届きました。今年が心配です。

途切れながら何年も続いている年賀状には、選りすぐりの場面や、やがて来る「人生の少し先」があります。ファイルをする時はいつも、新たな便りを重ねられる嬉しさを感じます。一方で、「あの人からの便りはもう来ない」ということにふと気がつき、続くことのない現実に痛みを感じます。遠ざかっていたかなしみが流れ込んできて、 塩キャンディを口にしたような気持ちになります。これから先、出会いの数だけ味わってゆきますが、それを含めファイルが厚さを増してゆくことを愛しく思います。

今日はそんな、歳月の積み重ねと、その向こうにいる誰かの存在を感じたくなる詩をおくります。

The Pile of Years is not so high
As when you came before
But it is rising every Day
From recollection's Floor
And while by standing on my Heart
I still can reach the top
Efface the mountain with your face
And catch me ere I drop

降り積もる歳月は
あなたと最後に会ってから
それほど高くなってはいない
でも横たわる記憶の上に積もりながら
日を追うごとに高さを増してゆく

この心を足がかりにして
伸ばした手が一番上に届くうちに
あなたが顔を見せてくれたなら
積みあがった歳月は消えてなくなるから
ここから足を滑らす前に
私をどうか受けとめて

私たちが重ねる歳月は様々なものに姿を変えて、こうしている今も積みあがっているのですね。

それは、途切れ途切れの年賀状や、整理のつかない写真や秘密の日記、描きかけの絵、読みかけのままの本、思い出せないメモや、捨ててしまった手紙にさえも。
私たちの暮らしの中に、降りそそぐ雪のように、ゆっくりと深く積もってゆきます。

いつの日か、歳月が宿るものすべてを消し去る時が来たら、その中のたったひとつを、この世界に残せたらいいなと思っています。

ディキンソンがこの世を去る時に、書簡は処分して欲しいと願ったように、 そして、箱の中に大切に残した詩が、今もこの世界に咲き続けているように。

そんな、忘れて欲しいこと、忘れたくないこと、その狭間で揺れながら、 またあなたの元に文を重ねます。

あなたのいない夕暮れに。

追伸
恩師から遅れて寒中見舞いが届きました。
今年からは、小さな柴犬の成長の様子が届くようです。
ひとつの写真集が完結し、新たなアルバムのはじまりです。

文:小谷ふみ
朗読:天野さえか
絵:黒坂麻衣

小谷ふみコメント:エミリー・ディキンソンの私訳によせて

 最近、友人と絵はがきのやりとりしているのですが、彼女が選んだ絵はがきとカラフルな文字から、その暮らしぶりや家族のようす、さらには彼女の内側に広がる世界そのものまでもが、切手が貼られた小さな窓から伝わってくるようです。

「手紙は、肉体は伴わず、精神だけを伝えるという点で、私にはいつも不滅そのもののように思われるのです」という言葉を残したアメリカの詩人 エミリー・ディキンソンは、今から150年ほど前、南北戦争の時代に生き、生前は無名でしたが、1700編もの詩を残していました。

その暮らしは、いつも白いドレスを身にまとい、自宅からほとんど外に出ることはありませんでした。そして社会と世界と、彼女なりの距離を取りながら、詩をひそやかに書き続け、限られた人と手紙のやりとりをして過ごしました。

彼女の詩や手紙には、閉じた窓の向こうに彼女が見つけた、いつまでも失われることのない世界が広がっています。“stay home” ”keep distance” この閉ざされた日々に、彼女の「詩」という窓の向こうを、一緒に眺めてみませんか。

2020年 秋 小谷ふみ

小谷ふみ

書く人。詩・エッセイ・物語未満。 うろうろと、おろおろと、揺らぎながら揺らがない言葉を紡ぎます。

夫と息子とヤドカリと、丘の上で小さく暮らしています。いまやりたいことは、祖父の一眼レフを使いこなす、祖母の着物を着こなす(近所のスーパーに着て行くのが億劫でなく、そして浮かない)こと。

本「よりそうつきひ」(yori.so publishing)・「やがて森になる」・翻訳作品集「月の光」(クルミド出版)・詩集「あなたが小箱をあけるとき」(私家版)など。

http://kotanifumi.com/