あなたのいない夕暮れに vol.3: エミリー・ディキンソン「100 年の月日が流れたら」

この連載は、世界の名作と呼ばれる詩を現代にあわせた新訳でお届けするボイスレターです。

100年後


あなたへ

こんにちは。今年の後ろ姿が少し見えてきましたが、「いや、まだ行かないで」と今年の袖を強く掴みたい毎日です。おかわりありませんか。

実は、あなたといつか一緒に行こうと話していたあの喫茶店が、久しぶりに行ってみたらなくなっていて…静かで鈍いショックから立ち直れずにいます。

空っぽになった店のドアに貼られた「閉店します」の張り紙には、常連さんたちの書き込みが沢山ありました。これまで何度も「最後と分かっていたら何と声をかけただろう」という思いをしてきたのに、私はまたその言葉を見つけることができませんでした。

最近、ちょっとした失敗や、うまくいかないことが続いています。あの喫茶店はそんな時に、こっそり心を整える場所だったので、これからはどうすればいいんだろうと戸惑っています。

あなたとも、いろいろ落ち着いたらあの店でなんて言いながら、ずっと先延ばしにしていたことを後悔しています。自分も、世界も、きっと何もかもが落ち着く日なんて来ないから、会いたくて会える人、行きたくて行ける場所には、降る雨の隙間をぬうように会いに行きたいと思いました。

何もかも落ち着かないまま、いつか、みんな、終わってしまうから。

そんな実感はなかなか持てないけれど、よいことも、よくないことも、…よくも悪くもないことも、その全てにいつかは終わりが来るということに、少しホッとしたい夜もあります。

それは、「ここではないどこかへ」行ってしまいたい夜。

今日は、そんな「どこか」へ連れて行ってくれる詩をおくります。

After a hundred years
Nobody knows the place,--
Agony that enacted there,
Motionless as peace.

Weeds triumphant ranged,
Strangers strolled and spelled
At the lone orthography
Of the elder dead.

Winds of summer fields
Recollect the way,--
Instinct picking up the key
Dropped by memory.

100年の月日が流れたら
ここで苦しみを抱え
立ち尽くしたことなど
もう誰も知らない
静けさだけが穏やかに佇んでいる

時は緑におおわれて
出会うことのない人々が行き交い
かつて生きた誰かの
石に刻まれた
ひそやかな跡をなぞるだけ

草原をゆく風が
この道を振り返り
ふいにひらめき
手にするだろう
思い出せずにいる
大切な何かを


この詩が書かれてからまさに100年の月日が流れた時を、今、こうして生きているんだと思うと、遥か遠くから投げられたボールを、うまくキャッチできたような気持ちになります。

人は過去から何かを受け取ると、今をより濃く感じ、少し前を向くことができるみたいです。100年前も、そして100年後も、私たちはいなくて。結局、私たちには「今」を知ることしかできないのだと。

あの喫茶店はなくなってしまったけれど、100年の月日を遠く思い、果てながら続いてゆく今を感じていたら、ちょっと元気になってきました。
あなたにも伝わるといいなと願いながら、また手紙を書きます。

あなたのいない夕暮れに。

文:小谷ふみ
朗読:天野さえか
絵:黒坂麻衣

小谷ふみコメント:エミリー・ディキンソンの私訳によせて

 最近、友人と絵はがきのやりとりしているのですが、彼女が選んだ絵はがきとカラフルな文字から、その暮らしぶりや家族のようす、さらには彼女の内側に広がる世界そのものまでもが、切手が貼られた小さな窓から伝わってくるようです。

「手紙は、肉体は伴わず、精神だけを伝えるという点で、私にはいつも不滅そのもののように思われるのです」という言葉を残したアメリカの詩人 エミリー・ディキンソンは、今から150年ほど前、南北戦争の時代に生き、生前は無名でしたが、1700編もの詩を残していました。

その暮らしは、いつも白いドレスを身にまとい、自宅からほとんど外に出ることはありませんでした。そして社会と世界と、彼女なりの距離を取りながら、詩をひそやかに書き続け、限られた人と手紙のやりとりをして過ごしました。

彼女の詩や手紙には、閉じた窓の向こうに彼女が見つけた、いつまでも失われることのない世界が広がっています。“stay home” ”keep distance” この閉ざされた日々に、彼女の「詩」という窓の向こうを、一緒に眺めてみませんか。

2020年 秋 小谷ふみ