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エミリー・ディキンソン「夜明けがいつ来てもいいように」


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by 小谷ふみ

この連載は、世界の名詩を現代にあわせた新訳でお届けするボイスレターです。

mai kurosaka 36


こんにちは。
ひと晩で、舞台の背景セットが変わったように、雨雲が跡形もなく消え、夏の空が一気に広がりました。はしゃいで、一年ぶりにノースリーブのワンピースを着てみたら、二の腕が驚くほど太くなっていて、戸惑っています。冬の間に蓄えた脂肪が、夏の眩しすぎる光に、さらされています。
おかわりありませんか。

先日、この夏空のように、突然のお客さまを、我が家にお迎えしました。この機会を逃したら、今後、会えるか分からない。そんな奇跡的なタイミングは、ある日の夕方やって来ました。
それは、旅先から、我が家を経由して、帰路に着く計画。こちらは、予告ありの流れ星を受けとめるような、高揚感と緊張感。

でも、あと3時間で駅に着くとの連絡をもらった時、リビングには、まだしまっていない冬の暖房器具、梅雨前に洗いそびれたこたつカバー、既に登場している扇風機や風鈴、繕い途中の浴衣……ひと部屋に、春夏秋冬、全員集合している状態でした。くわえて、食材の買い出しと、食事の準備もせねばならない。

うちには、こんな時に頼りになる、小さな部屋があります。日ごろ「ゲストルーム」と呼んでいますが、ここにゲストを迎えたことは、いまだ一度もありません。
この部屋は、家族がインフルエンザになったら隔離・療養施設になり、筋トレに目覚めれば、違う自分に着替えられる魔法のクローゼットになります。そして、お客さまが来た時には、散らかったものを押し込む部屋になります。つまり、「ゲストが来た時、散らかりを隠すルーム」であるところの「ゲストルーム」なのです。

とにかく、リビングでくつろぐ四季たちを、この部屋に手際よく誘導したら、あとは、お客さまをお迎えすることに集中。おかげで、料理にも手をかけられ、ともに食卓を囲み、できる限りのおもてなしすることができました。

そして、電車を乗り継ぎ3時間以上かけてやって来た流れ星は、わずか1時間ちょっとの滞在ののち、最終の新幹線、時速300キロの風をつかまえ、帰ってゆきました。

「短い時間だったけど、いい時間を過ごしてもらえたかな」と、心地よい疲れと、余韻に浸る深夜。でも、トイレと隣り合う、ゲストルームのもうひとつの扉が全開で、中が丸見えだったことに気がついたのは、無事に帰宅したとのお礼の連絡を受けた後でした。

「会える」ということは、日ごろ、別々に流れている互いの時間が、重なること。
それは、前々からすり合わせられることもあれば、突然に互いの流れが合い出すこともあります。

「さあ、いつでもどうぞ」と、いつ誰が来ても準備万端、どこの扉が開いても大丈夫、そんな風に過ごせたら、どんなにいいだろうといつも思っています。でも実際は、なかなかそうはいきません。

今日は、いつやって来るか分からない、
出会いへのそなえを、はっと思い出させてくれる、
そんな詩を送ります。

Not knowing when the Dawn will come
I open every Door,
Or has it Feathers, like a Bird,
Or Billows, like a Shoreー

夜明けが いつ来てもいいように
あらゆる扉を 開けておく
夜明けは
鳥のように 羽ばたいて
浜辺のように 波よせるから

薄紫に明けてゆく空を見つめる気持ちで、会いたかった誰かを待つ。
朝焼けする胸のおく、「この自分でお迎えして大丈夫かな」、そんなちょっとした不安な気持ちも、見え隠れしながら。

そんな時のため、
散らかった気持ちを、隠してくれる、
見せないでおきたい闇を、見えなくしてくれる、
そんな駆け込み寺のような、秘密の小部屋を、
心やどこかに、持ちながら。

でも、その扉は、閉め忘れずに。
二の腕の準備が整うまでのしばしの間、
夏色のカーディガンを、羽織っておこうと思います。

また手紙を書きます。
あなたのいない夕暮れに。

文:小谷ふみ
朗読:天野さえか
絵:黒坂麻衣

小谷ふみコメント:エミリー・ディキンソンの私訳によせて

 最近、友人と絵はがきのやりとりしているのですが、彼女が選んだ絵はがきとカラフルな文字から、その暮らしぶりや家族のようす、さらには彼女の内側に広がる世界そのものまでもが、切手が貼られた小さな窓から伝わってくるようです。

「手紙は、肉体は伴わず、精神だけを伝えるという点で、私にはいつも不滅そのもののように思われるのです」という言葉を残したアメリカの詩人 エミリー・ディキンソンは、今から150年ほど前、南北戦争の時代に生き、生前は無名でしたが、1700編もの詩を残していました。

その暮らしは、いつも白いドレスを身にまとい、自宅からほとんど外に出ることはありませんでした。そして社会と世界と、彼女なりの距離を取りながら、詩をひそやかに書き続け、限られた人と手紙のやりとりをして過ごしました。

彼女の詩や手紙には、閉じた窓の向こうに彼女が見つけた、いつまでも失われることのない世界が広がっています。“stay home” ”keep distance” この閉ざされた日々に、彼女の「詩」という窓の向こうを、一緒に眺めてみませんか。

2020年 秋 小谷ふみ

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小谷ふみ

書く人。詩・エッセイ・物語未満。
うろうろと、おろおろと、揺らぎながら揺らがない言葉を紡ぎます。

夫と息子とヤドカリと、丘の上で小さく暮らしています。いまやりたいことは、祖父の一眼レフを使いこなす、祖母の着物を着こなす(近所のスーパーに着て行くのが億劫でなく、そして浮かない)こと。

本「よりそうつきひ」(yori.so publishing)・「やがて森になる」・翻訳作品集「月の光」(クルミド出版)・詩集「あなたが小箱をあけるとき」(私家版)など。

http://kotanifumi.com/