福津暮らしの旅・参加日誌

自分とじっくり向き合い、目の前にある季節を味わう旅「福津暮らしの旅」参加日誌|「自分も誰かにとっての、小さな木」〜3日目・エピローグ〜

何かが始まった時の気持ちというのは忘れやすい。
新しいノートの1ページ目に書いた時の気持ちは、
真ん中のページになった頃にはもう浮かんでこない。

旅の最終日。
午前中はサイレントワーク。
自分と静かに向き合う時間が
用意されていた。

天気は快晴。
春の海は一番きれいだという。
この季節にたっぷり浸りたくて、
私は再び恋の浦へ向かった。

新しいノートの
1ページ目の気持ちを刻む

海を眺めながら、
この旅のことを振り返る。

地元の方から聞いた、恩返しの話。
春の恵みをいただいた、野草摘み。
生き生きとした、ご先祖様の物語。

自分と対話する、
自分の内側をみつめる、
そういう時間があることで、
新しいノートの1ページ目の気持ちを、
自分の中に刻んでいくようだった。

竹の節目のように。木の年輪のように。

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「自立ってなに?」

サイレントワークのあとは、
移住者を中心とした地元の方と
ワールドカフェ。
テーマは「自立ってなに?」。

経済力をつけること?
社会的な役割を担うこと?
人との関わり方を知ること?

参加者の方たちと、
いろんな考えを交差させる中で
「強くなることだけじゃないかも」
という言葉が出てきた。

自立というと、
社会の中で一人前で生きていくこと、
自分の意志をしっかりもって生きていくこと、
そんな強さが頭に浮かぶ。

でも、それだけではないかも、と。
「助けて」「困ってるんだけど…」
そんなふうに、自分の弱さを見せ、
周りに頼れること、それも自立ではないかと。

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小さな木になりたい

人は誰かと関わりながら生きている。
自分一人の力だけで生きてきた人なんて、
きっと一人もいない。

「大きな木を一本成長させるためには、
もう少し小さな木をまわりに植えなくちゃならない。

まわりに小さな木がなければ、
大きな木は成長しない。
一本の木が成長するためには、
小さな木が必要になってくる。

したがって、一本の木を心に思うときに、
まわりに小さな木が何本も植わっている。」

舞踏家・大野一雄さんの
稽古の言葉』の一節だ。

自分の周りにある、小さな木。

それは、もうこの世にはいない
ご先祖様かもしれないし、
隣に住んでいる、小学4年生の女の子かもしれない。
あるいは、「元気?」と手紙をくれる
遠く離れた地に住む友人かもしれない。

そして、自分も誰かにとっての、
小さな木。

目の前にいる人と、
遠くにいる人と、
まだ見ぬ誰かの、
小さな小さな木に、なりたい。

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「想像力とは、死者の恩恵だとしたら(プロローグ)」
「20分間の自己紹介で、言葉を贈り合う(1日目)」
「地元の方が語る、恩返しの話(1日目・夜)」
「春の恵みをたっぷりいただく、野草摘み(2日目)」
「歴史の教科書より、生き生きとした物語(2日目・午後)」
「自分も誰かにとっての、小さな木(3日目・エピローグ)」


6日間に渡り、長い連載を読んでくださったみなさま、
ありがとうございました!

そして、記事化にあたってご協力いただいた
紡ぎ屋・都郷なびさん、福津暮らしの旅事務局のみなさま、
参加者のNさん、心から感謝しています。

写真提供:福津暮らしの旅 事務局
紡ぎ屋:http://1000gen.com/tsumugiya/
福津暮らしの旅HP:http://kurashinotabi.jp/

この記事を書いた人:

よりそう。の店長。ウェブマガジンの編集長、オンラインショップの店長業務を担当。2014年から、夫でもある社長・高崎と共に、東京から福岡へ移り住む。海と山とあたたかな人に囲まれながら、息子二人の育児にも奮闘中。

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いただいた言葉たちは、大切に読ませていただきますとともに、こちらの連載にてお返事させていただいております。

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