それぞれの光〜ノンスタカフェのお客さま

特集|それぞれの光〜ノンスタカフェのお客さま エピローグ『もし、季節が春だけだったなら』

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夜の風が涼しくなった9月のある週末、近所の銭湯に行った。露天風呂で一人ぼんやりしていたら、掃除のおばさんとお客さんの会話が耳に入ってきた。

「やっと涼しくなってきましたねー。」

「この気候が1年中だったらいいのにねー。」

たしかに。暑くもなく、寒くもない、この季節がずっと続いたら、どんな気持ちで過ごせるんだろう。お風呂につかりながら、しばし想像をしてみる。結論は、それってハウスみかんや養殖のブリと同じじゃないか!という答えだった。快適な温度で守られて育ったみかんより、太陽の光をたっぷり浴びて、ときには雨風に吹かれながらも木から落ちずにしがみついてたみかんのほうが、甘さも酸っぱさもあって豊かな味がする。ブリだって、生死をかけて大海原を泳いでいた天然のブリの方がずっと美味しい。(もちろん、ハウスみかんや養殖のブリの恩恵はたっぷり受けているし、美味しくもある、が。)

きっと、厳しい季節を味わったことは、強さとか優しさとか、奥深さとか豊かさとか、そういうものに繋がっていくんだろうと、ミカンもブリも人間も同じじゃないかなと思う。

今回インタビューをした高橋さんと宮澤さんに共通していたのは、これまでの人生で孤独になったことがある人だということだった。しかも、今よりずっと裸の心をもっていた10代から20代前半の時期に。10代の頃は、誰だって今よりずっと不器用だったはず。今より人を傷つけていただろうし、傷つけられたりもした経験は、誰にでもあるんじゃないかと思う。20代後半くらいになると、傷つかないよう、傷つけないよう、孤独にならないよう、大切なものを失わないよう、若い頃より上手にやりくりできている自分がいる。きっと季節で言えば、過ごしやすい気候の春や秋の状態にするのが上手くなるということなんだろう。

鎧をかぶらない心に刺さった傷は痛いし、深いところまで突き刺さる。そういった痛みをしっている分、きっと人は強くなれるし、その分優しくなれる。失敗や孤独を味わっているからこそ、面白みが出て、人としての奥深さがうまれる。そう信じていいのかもしれない、と二人のインタビューを終えて、小さな確信がうまれた。

季節が春だけだったら、きっと天然のブリにはなれない。一度きりの人生ならば、養殖という小さなシールを貼られるよりも、堂々と金ぴかの筆字で「天然」というシールを貼られて終えたい。この先、大きな嵐がきても、この小さな確信が胸にあれば、今までとは違った乗り越え方ができるような気がする。

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この記事を書いた人:

よりそう。の店長。ウェブマガジンの編集長、オンラインショップの店長業務を担当。2014年から、夫でもある社長・高崎と共に、東京から福岡へ移り住む。海と山とあたたかな人に囲まれながら、息子二人の育児にも奮闘中。

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