ドキュメント“ものをつくるということ”

ドキュメント“ものをつくるということ”|ショセット建築設計室 『建物は力を持っている』

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Photo by Riwa Tarui

バス停を降りると、見たことのない形をした集合住宅が目の前に建っていた。ただの長方形の箱ではない。ジグザグ型のような建物が拡がる敷地には、所々に桜の木が何本も立っている。ショセット建築設計室のオフィスは、伊藤康行さんと山川紋さんが暮らす桜台ビレッジという名の集合住宅の一室だ。

「そこで待っていてください。迎えにいきます。」そう言われて、立派な一本の桜の木を見上げながら、迫力さえも感じられるセミたちの大合唱を聞いていた。春にはきっと、桜が見事なんだろうなあとぼんやり考えていたら、伊藤さんがどこからかひょっこり現れた。

「わかりにくくてすみませんね。」そう言いながら、迷路のような道を自宅まで案内してくれた。ドアを開けると、一匹目の猫がお出迎え。部屋の中に入ると、不思議な間取りの空間に、アンティーク調の家具が並び、グリーンや花が飾られている。「ただそこにいるだけで、こころ満ちる空間を」。ショセット建築設計室のテーマとしているその言葉は、この家から生まれたという。

「何をしているわけでもなく、風通しが良くて、ベッドに寝ながら窓の外には緑が見えて、日差しに当たって猫が寝てる、その心地良さ。幸せだなーって、この家に住んでそう感じる瞬間がたくさんあります。」と山川さんは話す。春には桜が見え、新緑の季節にはうぐいすの声が窓から入ってくる。そして朝の時間は格別に良いという。だんだんと外が明るくなっていくのを感じながら起きる幸せがあるのだと、二人は口を揃えて話す。

この家で暮らして感じている心地良さが、夫婦で営む小さな建築事務所の根底に流れている。設計を担当する夫の伊藤さんは、確信に満ちた表情で、こう教えてくれた。

「建物は力を持っている」。

建物の力とは、どんな力なんだろう。そういえば、これまでの人生で建物の力を感じたことはあっただろうか。「住み心地が良いなんて、簡単に言っちゃいけない。」そう付け加えるのは、きっと建築というものが作り出す心地良さを知っているから、そしてそんな空間を作り出そうとしている人間だからこそ、言える言葉なんだろう。

これまで「建築」というと、専門的な知識がないとよくわからない、インテリでおしゃれな人が語るもの、というイメージがどうも強かった。けれども、伊藤さんと山川さんの話を聞いていると、建築というものの、面白さと豊かさの欠片がキラリと見える。二人は、その欠片を手の上にのっけて、私の目の高さまでもってきて見せてくれた。

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謎解きのように紐解いていく面白さ

身の周りには、誰かの考えが形になったもので、溢れている。ペンも、ドアも、電車も、ポスターも、蛇口も。そうなると、地球上に存在する人間が作った造形物で一番大きいものは、建築物と言えるのかもしれない。誰かの考えが形になったもので、一番大きなものが建築。

その面白さに山川さんが目覚めたのは、伊藤さんとの出会いもあった学生の時だったという。友人たちと、日本各地にある有名な建築を見て回った。有名な建築であればあるほど、建築家の考えというものがしっかりとあることを知る。その考えが何か、謎解きのように紐解いていくことに面白さを覚えた。今でも、休暇は建築を巡る旅をする、というのが二人共通の楽しみだと教えてくれた。

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独立するつもりは全くなかった

二人が営むショセット建築設計室がうまれたのは、今から2年前の2月。そのきっかけは、山川さんの友人がハウスメーカーで新築の話をしているが、デザインがどうもよくない、と悩んでいることを知り、相談にのったところから始まった。当時、伊藤さんは、小学生からの夢でもある、いつか住宅を設計したい、という想いを実現させるために東京に上京して、アトリエと呼ばれる設計事務所で働いていた。就職してからすでに3年が経ち、家を建てることを一通り学び、次はどうしようか考えていた時期だった。

もともと安定思考で、独立するつもりは全くなかった、と当時を振り返る伊藤さんはかなり渋い顔をしている。そんな不安を吹き飛ばすかのように「私はどうにかなると思ってました!」と笑う山川さん。夫婦のカタチが、凸凹なのにピッタリはまっているようだ。

友人の相談にのった結果は、設計を任せてもらえることになった。細かい内容を詰めていく実質設計に入るタイミングで伊藤さんは上司に相談すると、仕事の片手間でやるより、やりたいようにやったほうがいいと言われ、独立をすることを決める。

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二足揃ってこそ靴下

事務所につけた「ショセット」という言葉は、フランス語で「靴下」という意味だ。その由来を聞いてみると、一つ目には飼っている猫たちが、みんな「靴下猫」だから。猫たちの足元をもう一度見てみると、かわいらしい白い靴下を履いていた。二つ目には、伊藤さんと山川さんの、夫婦二人でやっていく、という意味合いが込められている。そして三つ目は、お客さまと一緒に、という想いがある。靴下は、一足では意味をなさない。二足揃ってこそ靴下、つまりは建築家とお客さまと一緒に家づくりをしていく、という姿勢だ。

独立してから伊藤さんは、「建築は敷居が高い」ということをあらためて感じたという。たとえば専門用語を一つ出すだけでも、既にお客様と対等ではない、と。だからこそお客様と目線を合わせることを大切さにしているという。それを伊藤さんは「アドバイザー」という言葉で、山川さんは「翻訳家」という言葉でそれぞれ表現する。

安城の家

「アドバイザー」「翻訳家」

お客様のもつイメージに対して「提案をする」というより、より良い暮らしをするための「アドバイスをする」立場だと話す伊藤さん。図面を書いたり、知っている知識を教えたり、実際につくる工務店に伝えるために「翻訳している」と話す山川さん。二人に共通しているのは、お客様にも生活と向き合ってもらい、そこで考えたことを共有してもらい、一緒につくっていく、という姿勢だ。だからこそ、二つ揃っての靴下なんだろう。

実際の仕事の進め方を聞いてみると、お客様と目線が対等であることがよくわかる。お客様がもつ空間のイメージと、自分たちが想像するイメージが一致するように、とことん話すという。お客様の自宅へ足を運んで実際の暮らしも見せてもらったり、雑誌の写真などでイメージをすり合わせたり、家具を探すために付き添ったりと、イメージのずれを少しずつ少しずつすり合わせていく作業を丁寧にやっている様子が伺える。

建築事務所に相談したら、建築家の斬新なアイディアをポンと提案されるものだろうというイメージは一気に吹き飛ばされた。まるでカウンセリングのように、自分が暮らす空間について、一緒に向き合い掘り下げてくれている。自分の心や頭の中にある言語化できていないものを、具現化してくれる、トランスフォーマーのようだ。

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選択肢を知ってもらえるだけで嬉しい

友人の相談にのる形で事業が始まり、その後はオープンハウスがきっかけで次の仕事が繋がっていっているようだ。30代の女性がマンションを購入して、リノベーションをする。テレビや雑誌の中でみる風景が、身近な友人が実現させていると知れば、「私もできるのかも」と建築事務所に相談するという選択肢が現実味を帯びてくる。「最終的に私たちに頼まなくても、選択肢を知ってもらえるだけで嬉しいんです。」そう話す山川さんは、自分たちの事務所のことだけでなく、もっと広いものを見ている。

建築に関して知識がないと、普通ならば新築マンションの本を見て、家に入っているチラシを見たり、ハウスメーカーに相談するのが、当たり前かもしれない。そこに、建築家に頼む、という選択肢を増やせるようになりたいのだという。そのために、社会と建築を繋げる役目になりたい、と。それは、今住んでいる空間で、建物がいかに人に貢献するかを肌で感じているから、そして、高校卒業後からずっと建築の面白さに魅了され、楽しさを知って欲しいという想いがあるからなんだろう。

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住む人に満足してもらう、それが全て

伊藤さんと山川さんが、建築について語るとき、夢中になれるもの、没頭できるものをもっている人間がもつ熱が伝わってくる。それは、インタビューの約1ヶ月後に訪ねたオープンハウスのときもそうだった。府中市の中心から離れた、高台にあるマンションの7階の一室に足を踏み込むと、まるで旅館のような空間に思わず叫んでしまった。細長いリビングは、10枚の畳が一列に並び、窓からは見晴らしのいい景色。ものすごい開放感だ。扉には格子の古い建具が使われていたり、小上がりの寝室スペースがあったり、旅館でいうと「モダン和室」のようで、これが誰かが暮らす日常かと思うと、羨ましくてウズウズしてしまう。

お客さまが来た時、どこでも座ってくつろげるように、という住み手の想いが形になった広い畳の上に座り込んで、伊藤さんと話をした。「住宅は、そこに住むお客さまに喜んでもらえるものをつくる。それが本当に難しいんです。ようは、他の誰になにを言われてもいいんです。住む人に満足してもらう、それが全てなんで。」

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Photo by Riwa Tarui


やっぱり伊藤さんの言葉には熱がある。建築に対する熱と、お客さまに対する熱、その両方がそこにはあるような気がする。そしてその熱は、聞き手の建築への興味に火を点けるかのようで、私の中にもしっかりと小さな火が灯った。自宅に帰り、畳に寝転び、天井を見上げて想像してみる。洋服よりも大きく、自分を包んでいるその存在について。

自分が、毎日目を覚ます場所であり、おなかが減ったら帰る場所、そして一日の全てを終えて眠りにつく場所。当然過ぎて、身近過ぎて、深く考えるのは2年に1度の契約更新の時期だけ。なんだか肩を揺さぶられたような気持ちだ。目を覚ましてみて、と。

「建物は力を持っている」。

いつか、暮らしの中でその力を感じてみたい。いつか、自分の頭の中にある、理想の住空間のイメージを、形にしてみたい。いつか、そのときは、靴下の片方になってくれる建築設計室の扉を叩こう。そう決めた。


プロフィール

伊藤 康行

1982年三重県生まれ
株式会社中部都市建築設計事務所
株式会社彦根建築設計事務所を経て
2011年ショセット建築設計室を設立

山川 紋

1981年愛知県生まれ
名古屋工業大学(建築)卒業後、一般企業を経て
2011年ショセット建築設計室を設立

ショセット建築設計室のWebサイトの制作は、non-standard worldで手がけさせていただきました。
詳細はこちらをご覧ください。

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この記事を書いた人:

よりそう。の店長。ウェブマガジンの編集長、オンラインショップの店長業務を担当。2014年から、夫でもある社長・高崎と共に、東京から福岡へ移り住む。海と山とあたたかな人に囲まれながら、息子二人の育児にも奮闘中。

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