わたしの大切

特集|わたしの大切「苦しいときこそ、初心を忘れない」〜ロマンスミュージックカフェ JUHA〜

まちの文化がつくられていくとき、きっと要因となるものは複雑に絡まっているんだろうけど、原点には誰かの抑えきれないほどの「好き」があるんだろうと思う。

「もう我慢できなかったんです。」お店を開くと決めたときの気持ちをそう話すのは、ロマンスミュージックカフェ・JUHA(ユハ)のオーナーである大場俊輔さんと大場ゆみさん。2010年3月、西荻窪の駅から歩いて5分ほどのところに、音楽と珈琲を味わえる小さなカフェを開いた。

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入り口は昔の映写室で使われていたという錆びれたドア。外からは中の様子が全くわからない。正直、この重いドアを開けるには勇気がいる。ただ一度入ると、また訪れたくなる心地良さがある。

ドアを開けると、身体は一気に音楽に包まれる。おなかに少しズンと響くベース音。壁にはアキ・カウリスマキの映画の大きなポスター。本棚には植草甚一や沼田元氣の本が並ぶ。カウンター席とテーブル席がそれぞれ4席あるこじんまりしたスペースなのに、このお店ではちょうど良く一人になれる。まるで音楽に包まれた膜があるかのように、隣の席の会話も存在感も気にならないのだ。「かける音楽はすごく気を使っています。一人のお客さまのときは静かなピアノとかギターソロ。何組かいるときは、会話のざわつきに乗るような音楽。空気がかわるのがわかりますね。」

人はお店で時間を過ごすとき、料理や飲み物の味もそうだけど、その空間と耳に入ってくる音も、一緒に味わっている。その耳に入ってくるものが、自分も含めたその場にある空気に合った音楽をかけてもらえたとしたら、それはもの凄く贅沢なことのようだ。

抑えきれないほどの気持ちでお店を始めてから3年が経ち、お店の名前につけた「ロマンスミュージック」という言葉があらわす世界がうまれてきている。これは二人がつくった架空の音楽の言葉だ。「普通にjazzとかmusicとか看板に書くよりも、珈琲やお酒に合う音楽の雰囲気を何か一つの言葉で伝えたかったという想いがあります。」

珈琲と人と音楽が混ざり合い醸し出す、見えない何かががそのお店にはある。

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自分ってここなんだってしっくりきました

俊輔さんが音楽と出会ったのは17歳のとき。ガレージパンクというジャンルの音楽に興味をもち、そこから音楽の世界にのめり込んでいった。大学からバンドを始め、22歳の頃、当時通っていたディスクユニオンの隣にたまたまあった喫茶店「名曲・珈琲らんぶる」で働くことに。昭和25年創業。名曲喫茶と呼ばれた場所だ。お店で働く人たちも、俊輔さんと同じバンドマンや、芸人、役者などがたくさん集まっていた。その仲間の一人のプロボクサーの試合に誘われたとき、同じく友人に誘われて観戦にきていたゆみさんと出会う。

ゆみさんは、10代の頃に雑誌で盛んに取り上げられていたカフェブームと平行して起きていた喫茶ブームに惹かれていた。「カフェブームはしっくりこなくて、場所を見つけられなかったんです。でも喫茶店に入ったときに、自分ってここなんだってしっくりきました。」その後、販売の仕事をしながらも、自分がやりたいことがなんだろうと考えていた時期に、それまで通っていた下北沢の「ジャズ喫茶マサコ」で求人の張り紙をみつける。あと先考えずに応募をしてそれまでの仕事を辞めた。「喫茶店が好きだったので、その世界で生きていきたいという気持ちがありました。」

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私たちのできることってなんだろう

お互いに喫茶店が好きという共通点をもつ俊輔さんとゆみさんは、交際を始めてから二人で喫茶店巡りをしたという。「京都に行ってもお寺とか行かないで喫茶店にいってました。古い喫茶店は建物自体がかっこいいんですよ。珈琲の味とかはどうでもよくて。その雰囲気を味わうことができれば満足でした。」

そして結婚を機に、いざ二人で生活を始めるとなったとき、そこには会社員として働くという選択肢はなかった。「私たちのできることってなんだろう、やりたいことってなんだろうって考えたとき、喫茶店をやろう、と決めました。」

決意してからお店がオープンするまでは、約6年の準備期間があった。アルバイトをして資金を貯めながら、どんなお店にするか二人で話し合う日々。「どうしても喫茶店がもつ歴史のある感じを出すのは難しい。でも喫茶好きが始めたことを出すために、植草甚一とか喫茶関連の本を置こうか、など話しました。」思い浮かんだアイディアはスクラップブックにまとめた。それまで自分たちが足を運んだときに撮った喫茶店の写真や、雑誌に載っていた外観や看板の写真を切り抜いたりして、徐々にお店のイメージを作り上げていった。

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もう我慢できなかった

最終的にお店を始めると決めたのは「もう我慢できなかったからです!」とゆみさんは笑って話す。「働きながらも、お店をやりたい、やりたいってずっと考えていて、そうするとついつい物件をみちゃうんですよね。それでいい物件がみつかると、もうやりたくなっちゃって。開店の準備ができたからというわけではなく、物件に出会っちゃたから今だ!って。」

お店を開く直前には、両親からの強い反対があった。儲からない。甘くない。そんな言葉を言われても「やりたい」という一心で突き進んだ。「やれるんだって。絶対大丈夫だって思っていました。」俊輔さんはその時の気持ちをそう振り返る。

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お客さまに対して心を開く

お店を開くにあたり、ひとつテーマを決めた。それは、お店を「JUHA」と名付けたこともあるようにアキ・カウリスマキの映画に出てくるような雰囲気を再現するということ。

そして音楽を大切にするお店ということ。「カフェにいくと音楽をそんなに大切にしていないというか、CDを流しっぱなしだったり、同じ曲をかけていたり、もったいないなと思っていて。カフェに限らずレストランとかもそうだけど、音楽によってもっと雰囲気も味もおいしくなるのになってずっと思っていました。」もともとジャズ喫茶、クラシック喫茶が好きなこともあり、料理だけでなく音楽も味わうことのできるお店にすることを決めた。

メニューは試行錯誤があったという。オープン当初はアキ・カウリスマキの世界を出すということもあり、北欧の雰囲気をメニューに取り入れていた。「自分たちも迷いながら出していた時期がありました。でもカウリスマキは好きだけど北欧が大好きっていうわけではないので、すっぱりやめました。今は、きちんと自分たちが出せるもの。シンプルなメニューになっています。」

オープン当初はお客さんがお店の前に立ち止まったり、重い扉を開けて入ってくることに喜びを感じていた。それから3年経ち、そのシンプルでいて何にも代えがたい喜びを、今あらためて振り返っている。「お店の前で立ち止まった方に一声かけたりショップカード渡したり、お客さまに対して心を開いて伝えたいという気持ちがあります。」

最近は過ごしやすい日には、入り口の重い扉を開けているという。それは自分たちの心ごと開くということでもある。

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もともとあったものをさらに大切にする

お店のオープン直後、子どもを授かり、ゆみさんはお店にあまり立つことができなくなってしまったが、離れていてもお店のことばかり考えているという。だからこそお店に立つことのできる時間を大切にしている。「(夫が)一人で立っていると細かいところもまわらないだろうなって思うので、たった土曜日だけでも、お客さまへの声掛けとか、ありがとうございますの一言でも伝えられたらいいなと思います。」

一方、俊輔さんは一日のほとんどの時間、一人でお店に立つことに。12時間以上一人でお店に立つことは、精神的に辛いときもある。「お店は良いときも悪いときもあって、底にいるときはぶれそうになります。あれやったらいいんじゃないか、これやったらいいんじゃないかって。でもそのときに初心を忘れないようにしています。簡単にメニューを増やしたりしないで、苦しいときこそ、もともとあったものをさらに大切にしてこうって考えるようになりました。」喫茶店が好きで始めたこと、音楽と珈琲を大切にするということ。辛いときにこそ、原点を見つめなおしている。

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お店にあるカウンター席は、あえてお客さんと視線が合わない高さになっている。オープンしてから徐々に集まってきた常連さんは、そこに心地よさも感じるのか、控えめなお客さんが多いという。そんな中でも、音楽活動をしているお客さんと知り合い、お店でイベントを開くことも多くなってきた。開店当初から通い、子どもに「ユハ」と名付けてくれたお客さんもいる。毎週、毎日通ってくれるお客さんもいる。

お店を開くときに決めた「珈琲と音楽」というテーマは、ただ珈琲と音楽を味わうだけでなく人を惹きつけ、集まってきた人たちと、何か目に見えないものをつくっているようだ。月日が経ったとき、もしかするとそれは、文化と呼ばれるのかもしれない。

そしてその出発点には、抑えきれないほどの「好き」という気持ちがあったことを、俊輔さんとゆみさんは教えてくれた。その気持ちに戻るということ。まちにはいろんな人が住んでいる。自分の「好き」が、誰かの「好き」と重なったり、誰かの「好き」を広げることができたら、どんなに面白い人生になるんだろう。そんなことをぼんやり考えていたら、ロマンスミュージックカフェにまた行きたくなってきた。

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<ロマンスミュージックカフェ JUHA>
住所:東京都杉並区西荻南2-25-4 
電話:03-5344-9701
HP:http://www.juha-coffee.com/

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この記事を書いた人:

よりそう。の店長。ウェブマガジンの編集長、オンラインショップの店長業務を担当。2014年から、夫でもある社長・高崎と共に、東京から福岡へ移り住む。海と山とあたたかな人に囲まれながら、息子二人の育児にも奮闘中。

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