ドキュメント“ものをつくるということ”

ドキュメント“ものをつくるということ”|作家・小谷ふみ vol.3「哀しみ以外のものに満ちていることを信じたい」

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自分の顔でみんなが福笑いをしている気分

文章を書く作業と、文章を編集する作業は、まったく別物だと小谷さんは話す。「作品選びをしていると、自分の顔でみんなが福笑いをしている気分になるんです。自分の顔って見たことないじゃないですか。鏡の自分は本当の自分とは違うから。だから私はどこが正しい位置かわからないんです。」

10年という歳月の中、積み重ねられてきた作品たち。はじめは、良い作品だけを選ぼうとしていた。「良い人ばかりが集まっても良い社会ができるわけではないのと一緒で、バランスですね。強い、優しい、可笑しいという軸で、作品を分類していきました。テーブル一面に原稿を並べて、各メンバーが良いと思う作品にチェックをつけてもらって、チームで作っていきました。」

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作品選びを終えると、言葉選びは正しかったか、改行すべきか、漢字と平仮名のどちらを当てるか、など細かい作業が続いた。編集作業には夫も深く関わった。「夫はオタクのように作品を読んでいて、暗唱しているくらい(笑)。順番など並び替えするのは主に夫でした。」

本の芯となる存在となった作品が「青い自転車の夢」だった。この作品を木の年輪の真ん中に据えて、バームクーヘンのようにその他の作品を編んでいく作業だ。この編集作業は、マージュ西国分寺の共有スペースでも行われた。たまたま洗濯をしにきた人を引き止めて、朝まで議論が続いたこともあった。

「真ん中の自分」にようやく名前がついた

本を作ることに決めたあと、母親に頼んだことがある。それはもう一度名前をつけてもらうことだった。祖母の旧姓である「小谷」。そして母がもう一度名付けた名が「ふみ」。それは、「真ん中の自分」にようやく名前がついた、という感覚だった。

人はいつだって多面的だ。親として、妻として、嫁として、友人として、仕事仲間として、いろんな顔をもっている。真ん中の自分はどこだろうと考えたとき、それは「書いている自分」だった。「書いているときだけ、言葉を得て、真ん中の自分が伝えたがっているっていう感じがするんですよね。」

言葉を書くということは、自分自身になるまでの終わりのない道を歩くようなものだ。「近づいたと思っても遠くに見える蜃気楼のように、ちっともすっきりしない感じです。これを書いたら満足というのは訪れないので、書き続けていくことしかできないですね。」

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誰かの救いになれる可能性がある

そしてその言葉たちを束ねて本という形にすることを決意した、その原動力は、誰かの救いになれる可能性がある、という光だった。「子育てをしているとき、子どもに本を読んでいる時間が一番ホッとする時間で。子どもの絵本って大人に語りかけてくるものがあって、救われたっていう気持ちがずっと残っていました。」

その中で、今でも心の底で鳴り響いている一冊の本がある。「心の書」とも呼べるその本は、新美南吉の『デンデンムシノカナシミ』だ。はじめて出会ったのは大学時代だった。「その時は意味がわからなくて。まだ親のレールに守られていた時代だったので、哀しみってなんぞやっていう感じでした。私は悲観的に世の中を見たくない!って。」

哀しみ以外のものに満ちていることを信じたい

それから約20年の月日が流れ、親という立場になり、身体が壊れるほど忙しい毎日を送っていたとき、ふとこの本のことを思い出し、本屋に買いに行った。「そのとき救われたというか。哀しいことを哀しいと感じることは、哀しくないことをたくさん知っているからだって気付いたんです。誰にでも哀しみがあり、それを浮き立たせるような哀しみ以外のものに満ちていることを信じたいって思いました。」

本の出版後、読者の方の声を聞く度に、本をつくることが自分の夢ではなく、本を受け取ってくれた人のところに、夢はあるかもしれないと思うようになったと小谷さんは話す。『やがて森になる』という本が生まれ、きっとここから始まるんだ、と。


毎日の出来事をすべて、頭のスペックに入れることは誰だってできない。そんなことしていたら、きっと頭はパンクしてしまうだろう。だからきっと人は「思い出さない」ことが上手にできるんだと思う。毎日、頭も心も上書きされてばかりだ。

小谷さんは、あえて日常に転がっている小さな「何か」を、頭の奥底にある、この先ほとんど開かれることのない箱に入ってしまう前に拾う。そして言葉という形にする。「思い出さない」ことが上手になっている私たちがその言葉に出会ったとき、頭の奥底にある箱はつつかれ、たとえ目の前に見えている世界が闇に覆われていたとしても、そこに差す光には美しさがあることを思い出すんだろう。

この記事を書いた人:

よりそう。の店長。ウェブマガジンの編集長、オンラインショップの店長業務を担当。2014年から、夫でもある社長・高崎と共に、東京から福岡へ移り住む。海と山とあたたかな人に囲まれながら、息子二人の育児にも奮闘中。

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