優しく生きるー 津屋崎に住む友人たちを訪ねる旅

特集|優しく生きるー 津屋崎に住む友人たちを訪ねる旅 第4回「ここで生きようと決めた軸」古橋範朗さん

こちらの続きです)

旅の最終日。朝ごはんを終えてから、そのまま古橋さんの自宅でお話を伺った。撮影も取材も、この家がいいと選んでいただいた場所だ。前日の雨の気配が残っている湿った曇り空。なんでもない日の、なんでもない空の下、家の前に立つ古橋さんの姿は、移住してからまだ4ヶ月しか経っていないにも関わらず、津屋崎の「ケ」を生きる人として、すっかり風景に馴染んでいた。

古橋範朗さんに聞いた“優しさと強さに纏わる物語”【2013年4月24日】

古橋さんは、2013年1月に津屋崎へ移住してきた。今回のインタビューに協力していただいた中で一番、津屋崎での暮らしが短い。短いながらで感じるものを聞いてみたいと思い、インタビューをお願いした。

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人間としての幅の広さをみんなもっている

移住する前は、東京の西国分寺にある「住む×働く×お店×コモンスペース」をコンセプトにした集合住宅、マージュ西国分寺で暮らしながら、1階のカフェ、クルミドコーヒーで働いていた。大学在学中は、病児保育・病後児保育のNPO法人フローレンスでインターンシップを経験。サービスインの時期に携わり、準備段階から着地までをみた。その後は不動産会社に就職をするが、当時を振り返ると、「正直、あまり楽しめないでいた」という。「自分で一から立ち上げるほうが面白いんだなって思いました。こういうのがあったらいいなっていうのを思い浮かべて、それを世の中に発信していけたらと。」

そんな想いを実現できる場として巡りあったのが、クルミドコーヒーとマージュ西国分寺だった。知人の紹介で参加したマージュ西国分寺のコンセプト説明会で、建物兼クルミドコーヒーのオーナーである影山知明さんに出会った。すぐに入居の予約をすると同時に、カフェの立ち上げにも参加させてほしいと、自ら手を上げた。

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マージュ西国分寺での暮らしはまさに求めていたものだったという。ただ日常ではいざこざが起きることもある。「一緒にいたくないときも、いなくちゃいけない。その中に住む人たちで折り合いをつけていかなくちゃいけない。その人間関係の複雑さを感じて。すごく気が合う面もあるけど、気が合わないときもあって、けどここに一緒にいる。そのほうが自然だなって思いましたね。」

きっと気の合う人だけと一緒にいようとすることは、簡単だ。自分が避けることを選ぶことで解決できるから。しかしマージュ西国分寺では、気が合わなくても、その人と向き合い受け止めていくことを選ぶ。それは人と人との関係の、自然な姿なのかもしれない。

「みんながみんな、それぞれ受け止めあいながら暮らしているという感覚がありました。人間としての幅の広さをみんなもっていて、うまく折り合いをつけていく。『まあまあいいじゃない』って(笑)。」

クルミドコーヒーというお店に立っていた4年間のことも振り返ると、仲間がすごく増えたと古橋さんは話す。「お客さんと仲良くなったりとか、いろんな人が繋がっていっているという感覚がありました。お客さんの雰囲気も、どこか共通点をもっているというか、目指している『こうあったらいいね』っていうものがリンクしている気がして。」

店員とお客さんの距離が近い、という簡単な言葉では説明しきれないものがクルミドコーヒーにはある。店員もお客さんも同じ人間。その垣根をこえてコミュニケーションがとれる。そしてお店を自分の場所と思うようになる。それが形になっている場所だ。「目の前にいる人を大切にする。あなたはあなたでいいですよって。それを目指していて、僕自身がすごく共感していた部分でもあります。」

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街をつくる側の一員として、自分も加わりたい

クルミドコーヒーで働いていた4年間、古橋さんはたびたび津屋崎を訪れていた。津屋崎にはお付き合いをしていた都郷さんが暮らしていたからだ。その頃の津屋崎は「ハレの場所」だったという。移住を意識して街を見つめなおしたとき、印象は全然違った。「街の人が津屋崎を好きだというのがいいなって。そういう人がいれば良い方向に変わっていく。ここがまだそこまで大きな色に染まっていないとも感じて、街をつくる側の一員として、自分も加わりたいと思いました。」

移住には結婚というきっかけはあったものの、何かを表現したい、発信したいという気持ちが東京の暮らしの中で芽生えていた。そのフィールドとして津屋崎という場所を選択した。

その人を人として見ている

自分で選び、暮らし始めた約4ヶ月の津屋崎での日々で感じた“優しさ”について伺った。

「その人を人として見ているってすごく思うんですよ。働きとか仕事とか、そこを越えて、どんな人か、どんな考えをもっている人か、人となりをすごく見られている。人ってもともとそうだろうなって。」

この旅の2日目の晩、都郷さんと夫(高崎)の四人で話していたとき、「津屋崎では『人を大切にする』っていう言葉が浮くんです」と古橋さんが言っていたことを思い出す。都会では「人を大切にする」と声を大にして伝えなければ、それが形にならないことが多い。けれども津屋崎には「生きているだけで素晴らしい」という考えがベースとして自然にある。「仕事を対価をもらえるというのとは別に、暮らしの中でギフトの交換ができている感じがする。人間が本来もっている優しさ。」

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「どこで生きていくか」はその人の精神を形作る大きな要素

“強さ”について話をうつしていくと、「難しいですねえ」と悩みながら絞り出てきた答えは「ここで生きようって決めている軸がひとつあるのは強さに繋がる気がしている」ということ。「経済面で苦しかったり、日々の作業に追われて、誰もが必ずしもやりたいことができているわけではないと思うんですけど、それでも津屋崎にいて何かやろうとしていること。津屋崎に決めている、土地を選んでいる、って一つの強さになっているんじゃないかな。」

ここで暮らしたい、と自分の意志をもって選んだ場所。だからこそ、そこでの暮らしでは周りの人たちと仲良くやっていきたいと思うし、優しくしようと思うし、優しくされたら優しさで返そうと思う。「誰と生きていくか、どんなことをして生きていくか、と同じくらい、どこで生きていくかは、その人の精神を形作る大きな要素だと思います。」

「誰と」「どんなことを」という選択肢においては、人生の中で人は悩み考える時間を多くもつ。けれども「どこで」生きていくか、という選択肢は、こだわらないでいようとすることは容易だ。会社の転勤や通勤の都合で縛られることがないとしたら、この三つ目の要素を人はどんな風に選択していくのだろう。

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点ではなく、面で受け入れていきたい

古橋さんは現在、津屋崎に移住してくる人と津屋崎に家や土地をもっている人とをつなげる仕事を模索中だ。今後空き家が更に増えていく中で、不動産会社に不動産情報として流すのは嫌だと感じている家主さんに、住む人の顔がみえる形で繋いていく仕事を目指している。津屋崎に土地を持ちながらも、遠く離れた土地で暮らしている人にとっては、どんな人に住んでほしいか、自ら探していくことは難しい。その架け橋になるのだ。「点ではなく、面で受け入れていきたい。津屋崎で暮らすってどういうことなのかを理解してもらって、町の関係性の中に入ってくるというのがとても大切だと思います。これからは、このまちに住みたい人や、お店をもちたいという人を応援する立場として、まちづくりに関わっていきたい。」

取材を終えたあと、東京へ帰る荷物をまとめて、お世話になったお家を出ようとしたとき、古橋さんが玄関で小さな木の桶に入った「お汐井」という砂を持ってきた。家族や友人が遠出するとき、旅路が無事であるようにという願いを込めて、お汐井をかける風習がこの土地にあることを教えてもらったらしい。習いたての風習を実践する、その少しぎこちない手つきには、ここで生きる、と決めた姿勢が映し出されている。きっと今度会ったときは、慣れた手つきに変わっているんだろう。土に種は植えられたばかり。さて、私の種はどこに植えよう。

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続く

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この記事を書いた人:

よりそう。の店長。ウェブマガジンの編集長、オンラインショップの店長業務を担当。2014年から、夫でもある社長・高崎と共に、東京から福岡へ移り住む。海と山とあたたかな人に囲まれながら、息子二人の育児にも奮闘中。

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