優しく生きるー 津屋崎に住む友人たちを訪ねる旅

特集|優しく生きるー 津屋崎に住む友人たちを訪ねる旅 第3回「心を開くということ」都郷なびさん

こちらの続きです)

3日目の夜。この旅で泊まらせてもらっている都郷さんと古橋さんの住む築80年の古民家へ戻り、夕飯は都郷さんが作ってくれた。津屋崎にくる度に、都郷さんの手料理をいただいているせいか、おばあちゃんの手料理のようなホッとする美味しさがある。息子の前では都郷さんは自分のことを「なびばあちゃん」なんても言う。

その日の朝、「お庭の甘夏を取っておいで~」となびばあちゃんに言われた息子と私は、取り方を教えてもらうと、ハサミを持って庭までまわった。小さな雑草をかき分けながら進み、甘夏を一つ収穫した。その日は一日中、息子は甘夏を抱きかかえて歩きまわり、寝るときも大事そうに抱えながら眠りについた。

今晩、夫たち(高崎と古橋さん)は田中さんに誘われ飲みに行っている。静かになった部屋で、隣に寝ている息子を起こさないよう、小さな声で都郷さんへのインタビューを始めた。

 都郷なびさんに聞いた「優しさと強さに纏わる物語」【4月23日夜】

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都郷なびさんは、2009年にNPO法人地域交流センター津屋崎ブランチのスタッフとして津屋崎に移住した。1年半の任務を終えたあとは、「紡ぎ屋」を立ち上げ、聴き書き本づくり、写真撮影、結婚式づくり、旅の企画、という昔と今を結ぶ五つの仕事をしている。「紡ぎ屋の話」という、都郷さんが作った自身の仕事内容を紹介する冊子の中に、こんな言葉がある。

「何かになりたいわけではなく、ただ日々を丁寧に暮らしたい」十代の頃から私はそう思っていました。
そして、その願いを叶えられる時が訪れます。2009年に津屋崎に移り住み、かつての暮らしや風習を次世代に繋ぐことを仕事として小さく始めることができました。
この生き方を形作っていくことが、社会から与えられた役割だと考えています。

「丁寧に暮らしたい」とは、都郷さんにとってどういうことなのか、まずはそこからお話を伺った。

誰かの日常というものを感じながら暮らす

「いろんなことを綺麗に丁寧にするということが、必ずしも丁寧に生きるということではなくて。忙しい時に何もかも手づくりでとか、人と関わったりとかはできないしね。忙しいときに、ちらっとだけ夕陽をみにいったりすることが、そのときにとっては丁寧さであったりするんよね。その時々の仕事量や自分の状態によってできる丁寧さを大切に暮らしたいなと。」

全てをきちんとやることが丁寧さだとしたら、きっとそれでは息が詰まってしまう。そうではなくて、深呼吸をするような、心を柔らかくなる瞬間をもつということ、それが丁寧に生きるということに繋がっていくのだろう。

「誰かの日常というものを感じながら暮らせているってことなのかな。切り離されていない感じ。淡いんだよね、私と公の境目が。」朝起きて窓を開ければ、前に住んでいるおばちゃんが草むしりをして、近所の人たちとおしゃべりしている。ゴミ捨てにいくと、朝6時半でも近所に住むおじちゃんが「おはよ」と家の中から出てくる。家から一歩出ると、そこには社会が存在していて、そことちゃんと交差することで、息が抜けたり、心の風通しがよくなる。

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「部屋に篭っていれば、自分だけの世界にいられるけど、それは私はにとってはいい状態じゃないんよね。みんなの日常を近くに感じられるように心を開いていること。全開じゃなくても3割でも心の外を向いているということで自分が自分であれる気がする。」

その想いは、3月末に引っ越してきたばかりのこの家での暮らしが始まってから特に感じているという。泊まらせてもらうと、まずは外の塀の低さに驚く。大人の女性の肩くらいの高さしかないのだ。家の前を通るだけで、その家の様子を感じ取ることができてしまう。縁側は床から天井まで一面ガラスの窓が並び、かかっているカーテンは白いレース状のもの。「ここの塀は低くて、これだけ見えている。社会に対して暮らす家なんよね。」

怒ることって簡単なんだってそのときすごく思った

住んでいる家が外に開いているように、心も外に開いて、誰かが生きているということを感じながら暮らす。もう既に「優しく生きる」ということのヒントをもらったような気がしつつ、都郷さんが津屋崎で感じた“優しさ”について聞くと、畑を貸してもらっていた農家のお母さんの話をしてくれた。

「忙しい時、畑から足が遠のいてしまって。収穫が終わったあとトラクターで耕すために野菜を抜き取ってしまわないといけないのに、私はそれを怠ってしまって。畑に久しぶりに行ったら、畑を貸してくれていたお母さんの手によって処理されていたの。」借りている立場で迷惑を掛けてしまったことに深く反省した都郷さんは急いで謝りにいった。反応はやはり少し怒っている感じがしたという。そしてその次に会った時言われたことは、こんな言葉だった。「お父さん(ご主人)になびちゃんが謝ったって言ったらね、(他の畑に)ほうれん草も大根もあるから、そんな申し訳ないと思うんなら、そこまた抜いてきなさいて言っとったよ」。そこには、大きく包み込む愛がある。ただ何かをあげたり、してあげたりすることだけが優しさではない。相手を許す、受け入れる、そしてまた与える。

「怒ることって簡単なんだってそのときすごく思った。怒らず、許すことで、相手はより深く反省するんだなって。それこそが優しさであり、深さだなと思う。」

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主語が、私たち。

そして“強さ”の話へとうつった。一つ目は、津屋崎ブランチの創設者であり、まちづくりの中心人物でもある山口覚さんの存在について語ってくれた。

「山口さんはいつもよく言う『人はそれぞれ自分の正義で行動している』と。他者が自分の正義と反した行動を取ったとしても、それは悪意があるわけではない。異なる正義を持っているだけだけとね。それと、時間軸の長さと主語が違う。「現在ではなく、これからの彼」とか自分だけではなく、まちにとってなど。 主語が、私たち。視野が広くて、現在だけを見ていない。だから今ここで苦しくても、うっと飲み込み、何年も後によかった、よかったと笑えると良さがある。すごいなって思う。」

都郷さんと同じプロジェクトの一員であった木村さんのお話にも似たような言葉があった。この強さの部分はきっと都郷さんや木村さんなど、まちづくりをする若者たちに伝わり、引き継がれているんだろう。

笑い飛ばせる強さ

「まちの人に感じる強さっていうのは、笑い飛ばせる強さ。単にへへって笑って、向き合ってないとかじゃなくて。よく津屋崎の人が言う。『何も心配することない』って。『そんなに真剣に怒ったり泣いたり悩んだりしても、どうにもならんちゃ』って笑う。」

津屋崎に移住してきてから、都郷さんはまちの人のこういった姿に影響されてきているという。ワークショップなどの場を開く度に、いくら考えても、なかなか思う通りにはならない。そんなときは、その場にいる人たちとその時思う「正解ではなくて、納得するものになればいいんだ」と思えるようになった。こうあるべき、こうしたいという思いが強かった頃に比べると、今はもう少し手放せている。そうすることでうまくいくこと、楽になることを学んできた。そして最後には笑う。「なんとかなるし、なんとかする」と。

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強さと優しさってイコールなところもある

まちの人に感じる“強さ”には、もう一つ「淡々と毎日を過ごす」強さもある。

「継続する強さ。漁師のおばちゃんも魚をさばいて干すこと、毎日やっていて『それは私が選んだ人生たい』って、自分の人生を受け入れている。強さと優しさってイコールなところもある。強くないと優しくないしね。本当の優しさってそうだと思う。」 日常の中に、いろいろな変化や、良いことも悪いことも、嬉しいことも悲しいこともあって、その上で淡々と過ごせるということ。それを受け止め消化する作業があるとするならば、一人ひとりの寛容性は大きくなるんだろう。

「悩んで止まって、悲劇のヒロインになるってこともあるやん。その状態だと自分が中心になっちゃう。」個人に限らず、夫婦、子どもも含めた家族という単位でも同じことが言えるのかもしれない。家族という一単位を中心に世界がまわり始めたら、相手への依存も期待も大きくなり、苦しみがあったときの逃げ場がない。

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自分の世界を広げるということに関して、あるお母さんから聞いたこんな話を教えてくれた。

「子育てのとき、子どもたちは親から受ける影響って3~4歳とか、小学校あがるまで。その後は友だちと遊ぶし、親といることを嫌がるし、影響を及ぼそうと思ってもできない。親としてしてやれることは、自分以外の周辺を育てるしかないって。地域から学ぶんだと。だからそのお母さんは地域のことに積極的に励む。それは周りに回って自分の子どもに返ってくる、と。」

自分自身の東京での子育ての環境を振り返ってみると、息子の日常の登場人物は、血の繋がりのある人ばかりであることに気がつく。内で完結してしまい、外に開いている感覚はあっただろうか。都郷さんのはじめの話に出てきた言葉をもう一度思い出す。「心を全開といわなくても、3割でも心の外に開いているということ」。それは自分の心だけでなく、家族の心の置き方においても同じことが言えるのだろう。

「心を外に開く」ということには優しさと強さの両方が詰まっているのかもしれない。農家のお母さんのような相手を包みこむような優しさの域に達するのは難しいかもしれないけれど、相手を受け入れるということ。外の世界を感じながら、心の中の風通しを良くするということ。

翌日、都郷さんの撮影は、津屋崎千軒のシンボルでもあり、まちの交流拠点でもある「藍の家」に集まるお母さんたちと一緒に撮らせてもらった。都郷さんは、笑顔に嘘のない人だなと思う。愛想笑いがきっと上手じゃないんだろう。笑顔で濁したり、流したりしないから、笑ったときのくしゃくしゃな笑顔は、眩しい。そしてそんな都郷さんの隣で「写真撮るならおしゃれしてくればよかったわ」と笑うお母さんの姿は、私のような立場から言うのもなんだが、とても可愛らしい。津屋崎にくると、子育てを終えた女性たちが「おばさん」ではなくて「おかあさん」と呼ばれていることが多いように思う。いつか、息子以外の誰かにとっても「おかあさん」になりたいな、なんて淡い夢をいま私は持ち始めている。

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続く

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この記事を書いた人:

よりそう。の店長。ウェブマガジンの編集長、オンラインショップの店長業務を担当。2014年から、夫でもある社長・高崎と共に、東京から福岡へ移り住む。海と山とあたたかな人に囲まれながら、息子二人の育児にも奮闘中。

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