かけ算の生き方

特集|かけ算の生き方 Vol.3「名脇役としての道」ジュエリーアーティスト・倉石貴通

ジュエリーアーティストの倉石貴通さんは、オーダーメイドとして目の前にいるお客様のために作ることもあれば、まだ出会ったことのないお客様のために作ることもある。シルバーやゴールドを扱うだけでなく、その対局にあるような木を扱う仕事もする。やじろべえの右と左のバランスをちょうどよく保ちながら、進んでいく道に一貫していることは素材を引き立たせる「脇役」であるということ。
脇役は、演劇の中で一人二役で演じられることがある。主役はいつも一人。けれども脇役ならば、一人何役もできるのかもしれない。

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Face&Works

アクセサリーブランド「gura」は、倉石さんが専門学校時代から立ち上げ、2011年より展示販売会を定期的に開催しながら、ブライダル関連を中心としたフルオーダーメイドの制作も手がけている。

guraのアクセサリーには、物語がある。例えば定番型の「末広がring」は、ひたすら着け心地が追求されたリングだ。「よく晴れた日に、洗いざらしの白いシャツと、お気に入りのデニムを着て。最後にちょっとアクセントが欲しいな、なんて思う休日の朝」にさらりと着けて欲しいという。そして富士山の裾野のように広がったその形には、「何事も末広がりがいい」という想いがたっぷりと込められている。

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フルオーダーメイドで制作する結婚指輪にもまた、あたたかい物語が添えられている。「あなたのお家は金の家ですか?それとも銀の家ですか?わたしのお家はふつうのです。あの人の待つ家が、あの人を待つ家が、わたしのいえ。」そんなストーリーをもつ指輪は、新婦のものは外がゴールド、内がシルバー。新郎のものは外がシルバー、内がゴールドとなっている。着け手の想いがぎっしりと詰まっているブライダル物は、ジュエリーの根幹に触れる仕事だと倉石さんは話す。

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もともとブライダル物を包装する素材として、木材を使用することはあった。そこから発展し、出産祝いを収める箱作り、友人の展示会に使用する什器制作、知人のバレエスタジオのロッカー制作等、最近では「木工部門」も始めた。この木工部門は、倉石さんが計画して始まったわけではなく、お客様の話の中から生まれた新しいジャンルだ。「この隙間にぴったりはまる家具と、こういう気持ちにぴったり寄り添うジュエリーというのは、共通するものがあるような気がします。既成品ではぴったりおさまらないその隙間、空間に寄り添えるんじゃないかなって。」

どちらも使われる風景を想像しながら、そのものが落ち着きよくて、使いやすくて、愛着の湧いていくものとして機能する姿に作り上げていくという点は同じなのかもしれない。

History

倉石さんは自身のことを「凝り性で飽き性」の性格だと話す。中学受験をして進学した学校は、とんでもなく頭の良い人ばかりが集まる有名な進学校。それまで好きだった勉強も、何をどうしたら良いかわからなくなり、部活のテニスにのめり込んだ。朝4時半に起きて学校に忍び込み練習をしていたほど、ひたすらテニスをしていた中高時代だった。

卒業後は、居酒屋やテニスコーチのアルバイトをしながら、毎年センター試験だけは受けて5年が過ぎた。テニスの教え手としても停滞しているような気持ちになってきた頃、センター試験の結果だけで入学できて面白い大学がないか探してみたところ、日本大学の理工学部航空宇宙工学科をみつける。ところが入学したものの、大学1年生の前期で飽きてしまった。「当たり前なんですけど、ねじ一個、板一枚を作るのがゴールなので、ロケット全部作れるわけではないので。なんか面白くないなと思って、またテニスばかりしていました(笑)。」

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そんな中、付き合い始めた彼女と、ペアリングを探していた。はじめは気に入ればなんでも良いと思っていたが、探していくうちに持ち前の凝り性に火がついてしまった。「指輪全部見たんじゃないかってくらいWebでみました。調べていくうちに、宝飾品の作り方が地金からつくる方法と鋳造の方法の2種類があることがわかって、地金叩くのちょっと面白そうだなあと思ったんです。」たまたま知ったジュエリーの世界。大学を本格的に辞めて、この先を考えていたこともあり、ジュエリーの専門学校へ進学することに決める。ブランディングを売りにしていたシルバーアクセサリーのコースに入り、2年目でブランド名やロゴを作り実際に外部に向けたイベントを開催するプログラムもあった。

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当時の作品はノーコンセプト。「なんとなく気持ち良くてあっさりしたもの」を作っていた。卒業後アシスタントとして働き始めた1年目、非常勤講師として学校にやってきていた稲吉正一先生に出会う。当時先生から言われた言葉は今でも覚えている。「部品みたいなものぶらさげているね。」「作り途中にしか見えない。」「着けた人のことを考えているか?」

稲吉先生との出会いをきっかけに、ノーコンセプトで作ったものに、物語を後付けするようにアレンジをし始めた。月のように見えるアクセサリーに、兎のモチーフとして尻尾を中に忍び込ませてみたり、チーズの形に見えるアクセサリーには、ねずみの噛った歯型を彫り込んだり、だんだんとストーリー的なものが生まれてきた。

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展示販売会を開きながら、オーダメイドの案件もちらほらと出てきた。フルオーダーは気に入ったお客様が買ってくれる量産のものとは違い、依頼主あってのもの。誰かの顔を思い浮かべながら制作することを通じて、それまで自分が好きなものを単純に形にするだけでは遠かった、着け手との距離が徐々に縮まってきた。飽き性である自分の性格もわかっているため、オーダーメイドと量産の両方をやっていきたいと今は思っている。色や素材など自分が飽きずに常に面白い状態でいられるためにも、「誰か」のためにも「不特定多数の人たち」に向けても、両方の作り手でありたいと。

Philosophy

倉石さんは、普段の生活で小さなメモ帳を常に持ち歩くほど「メモ魔」だ。気になったことはすぐにメモをし、アイディアになっていないようなネタをストックしている。小さなネタは、くっつき合わせて新しいデザインとして生み出される。新しいデザインが生まれるまでも、ひたすら描く。ネタ帳にはぎっしりと描かれた倉石さんの思考の痕跡が残っていた。

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そんな中からうまれるデザインは、何にでも合わせやすく、それでいて愛着が湧くような形のものが多い。「出かけに指輪を付け忘れていたことに気づき、慌てて玄関に置いてあった5本の指輪からついつい選んでしまう1本」。そんなアクセサリーでありたいという想いがある。

guraの刻印は「お家に二人」の意匠が施されたもの。それは「ほっこりあたたかくて、素敵な宝物」という意味が込められている。もしかすると宝物とは、宝石箱の中に眠らせるものではないのかもしれない。guraのジュエリーを身につけていると、毎日一緒にいたいと思い、そのうち自然といつも一緒にいるのが当たり前となっていく、そしてそれこそが宝物なのかもと思えてくるのだ。

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Future

guraを立ち上げてから3年が経ち、ジュエリーを制作して、お客様に見せて、売って、また制作するというサイクルがようやく形になってきた。秋にはバイヤー向けのイベントの初参加をしたり、ブライダルものにはフルオーダーだけでなく、より選びやすくイメージしやすいセミオーダーの体制も整えていく予定だ。

そして目指す先には、自分の家を自分で建てたいという大きな夢もある。今後は左官作業と鉄の溶接の技術を習得し、店舗設計の施工もできるようになり、いずれは自分の住む家を自分で作りたいと話す。

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最後に倉石さんは大事なことを言い忘れていたと、こんな言葉をメールで送ってくれた。
「ジュエリーは塩である。」あくまでもスパイスとしての存在であって、塩だけでは料理はできない。着け手という素材を引き立たせる存在、つまりは「脇役」であると。
倉石さんの働き方をみていると、名脇役としていろんな役をこなせるようになる道は、「誰かを想って何か行動をする」というとてもシンプルな優しさに辿り着くような気がする。それはきっとどんな仕事においても、根っこには必ずある優しさのことなんだろう。


プロフィール

倉石貴通(くらいし・たかみち)
日本大学理工学部航空宇宙工学科中退。ヒコ・みづのジュエリーカレッジ入学。在学中より「gura」を立ち上げる。
展示販売会を行うほか、オーダーメイドのジュエリーも手懸ける。現在、家具制作も開始。
http://kura1979.exblog.jp/

この記事を書いた人:

よりそう。の店長。ウェブマガジンの編集長、オンラインショップの店長業務を担当。2014年から、夫でもある社長・高崎と共に、東京から福岡へ移り住む。海と山とあたたかな人に囲まれながら、息子二人の育児にも奮闘中。

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