小さな自分の仕事のはじめ方

ー何がやりたいかわからなかった5年前、人の優しさに関わる仕事がしたいという気持ちに今気づき始めている。ー小さな自分の仕事のはじめ方vol.2「engawa cafe & restaurant 寺田由利加」

逗子の駅からバスで20分ほど、おしゃれなレストランや雑貨屋が並ぶ細い道を抜け、坂道を登っていくと、葉山の青い穏やかな海が目の前に広がる。バス停を降り、海を眺めながら歩き、ちょっと小道に入るとengawa cafe & restaurantの看板が目に入る。まさに隠れ家のようで、ふらっと立ち寄るような場所ではなく、ここに行くと決めて訪れるような場所だ。このお店のオーナーシェフである寺田由利加さんは、今から5年前、やりたいことが見つけられず悩んでいたとき、誰にも使われることなくひっそりと佇んでいた築80年の建物と出会い、ここをもう一度人が集まれる場所にしようと決めた。

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たくさんの人が集う場所でみんなが笑顔になれるおもてなしをする

長野県で小さなホテルを営む両親のもとに生まれた寺田さん。幼い頃から両親の職場と生活が一緒の中で育った。そんな環境の影響もあり、子どもの頃からの夢は、「子どもを育てながら仕事ができる親になりたい」という気持ちがずっとあった。しかし中学、高校、大学に進んでいく中で自分がなにをやりたいのかずっとわからなかったという。「 実家がプチホテルを経営している環境で育ったので、たくさんの人が集う場所でみんなが笑顔になれるおもてなしをする、というキーワードが常に自分の中に潜在的にあったのだと思うのですが、将来の職業を模索している段階では、それをどこでどのように形にする、あるいは表現していくのかイメージできていませんでした。 」

そんな想いを胸にもち続けている中、導かれるかのように出会いは訪れる。寺田さんは20代のある日、ふと、葉山には別荘建築がたくさんあるけれど、どんどんなくなってきていることを思い出した。使われなくなっている建物がないだろうか、ちょっと探してみよう、と思い立ったその日、不動産屋さんから見せてもらった物件が、現在のengawaの建物である昭和天皇の侍医であった塚原伊勢松氏の別邸だった。「ひと目みてこの場所が好きだと思いました。この場所から何ができるだろうと考え始めて、レストランにしてみよう、と決めたんです。」そして一度使われなくなっていたこの場所にたくさんの人々がもう一度集まり新しい縁が生まれていってほしい、という具体的なビジョンが浮かんだ。

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日々決断しながら、何が好きかがみえてくる

資金はそれまでの貯蓄と、ap bankから融資を受けた。建物のリノベーションは全て自分の手で行った。「 あくまで修復することをテーマにおこないました。この建物が生まれた時の状態に少しでも戻していくよう、リフォームするのではなく、時間をかけて丁寧に磨いて蓄積された汚れや灰汁を落とす作業をしました。」 家具や食器なども建物と同じように、一度使われなくなってしまった物達を集めて来て再利用している。多くは実家のホテルの倉庫で眠っていた物の中からこの空間に馴染みそうなものを見つけてきたが、知人や常連のお客様からこの空間にぜひ置いてほしいと持ち寄ってきたもらったものもある。 建物の修復、コンセプトメーキング、WEB、写真撮影、アイデンティティーの製作等を含め、学生時代の友人達に多くの助けもかりた。

そして2008年にオープン。「会社に就職して働くと、ずっと与えていただける中で働くということで、それも素敵なことだと思うけど、私が選びたい人生というのは、子どもと一緒の環境で働くということなので、そういう場所をつくるために、レストランを開き、日々決断しながら、何が好きかがみえてくるんじゃないかという気持ちでこの5年間やってきました。」寺田さんは、レストランをやりたくてお店を始めたわけではない。ただ幼い頃から胸に抱いていた「こんな風に生きたい」という思いを形にした結果が、古民家レストランという姿だったのだ。

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「土日営業なし」「ディナーは貸切の予約制のみ」という決断

お店を始めてから3年目、寺田さんは子どもを授かる。悪阻もなく体調が良かったということもあり、それまでと変わらずお店に立ち続けた。徐々にスタッフに任せる体制を整えていき、迎えた臨月。「『まだ準備ができないからもう少しだけ待っていてねっ』と毎日お腹に話しかけていましたが、ようやく今日で一段落という日に『もういつでもこっちに来ていいよ!』と声をかけたらその日の夜に陣痛が始まりました。まったく赤ちゃんはすごいです!(笑)」

息子が2ヶ月半になる頃に復帰して、数ヶ月の間は抱っこしたまま仕事場に立った。子どもと一緒にいる時間をとるためには働いてばかりもいられない。そこで周りも驚くような思い切った決断をする。「土日営業なし」「ディナーは貸切の予約制のみ」。お店を開いている中で一番のかきいれどきでもある時間帯を閉めることに決めたのた。「一般常識的にはありえないと言われました(笑)。今は投資の時期でもあると思っています。」

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日々ゼロから100まで起こること全てに決断をする、ということをしたかった

寺田さんは、女性としては珍しく大学を卒業してから一度も就職をしたことがない。engawaを始める前は、実家のホテル業を手伝いながらフリーランスの通訳として国内外のプレゼンテーションに同行するような仕事をしていた。なぜこういう生き方を選んでいるかと考えたとき「日々ゼロから100まで起こること全てに決断をする、ということをしたかった」という。つまりは「納得していたい」ということ。失敗したときは落ち込むけれど、自分で考えて決めたことだから、どんなに大変でも辛くても幸せだという。「失敗もきっと意味があって、次はこういう道にしていこう、って思うんです。」

今年で5周年を迎えるengawa。まずはこの場所に足を運んでもらうきっかけとして、「美味しい!」と食べてもらうことをただひたすら目指した日々はあっという間だった。誰がどう運び、どんな空間と食器で、誰とどう食べて、どんな会話が膨らむか、料理以外の「何か」も大切だという奥深さも知った。5周年という節目の今年は、レストランとしての機能だけでなく、お客様同士の会話が始まるような仕掛けを提供するような、コミュニケーションが広がる場所にしたい、と寺田さんは話す。

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人の優しさに関わる仕事がしたい

仕事や子育て、暮らしの中で常に心にあることは「健やかで優しくあれるように」ということ。つまりは健康第一。忙しさで心と身体が弱ってしまうと、優しくあろうとすることは難しい。生きていく中で、とても基本的でシンプルなこと、それでいて何より大事なことを寺田さんは軸としている。5年前、何が好きで何をやりたいかわからなかった自分がいた。けれども「人の優しさに関わる仕事がしたい」という気持ちが根底にあることに気づき始めている。小さな優しさが、巡り巡って少しずついろんな人に伝わって、みんなが優しくなれるような、そんな「世界平和」を葉山の小さな路地の奥に佇む場所から、目指している。

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この記事を書いた人:

よりそう。の店長。ウェブマガジンの編集長、オンラインショップの店長業務を担当。2014年から、夫でもある社長・高崎と共に、東京から福岡へ移り住む。海と山とあたたかな人に囲まれながら、息子二人の育児にも奮闘中。

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