ドキュメント“ものをつくるということ”

ドキュメント“ものをつくるということ” 〜プロローグ

_MG_2678

自分の身の回りのもので、作った人の「顔」が思い浮かぶものってなんだろう。洋服?テーブル?お茶碗?いやいや、デザイナーの顔も名前も知らない。スーパーのお総菜?コンビニで買ったお菓子?自動販売機から出てくる缶コーヒー?料理人の顔はもとより、人が作っているかもわからない。日常の中で、つくった「人」が感じられるものを探すのは今の時代とても難しい。

人の手が生み出すものとは、すなわち、ボタン一つで機械がつくるものではない。それは時に、まるで体温があるかのように生々しく、触れると壊れてしまいそうに繊細で儚くもあり、それでいて風が吹いても揺るがないような力強さをもっている。誰にでも愛されるものではないかもしれない。けれど、誰か一人の人間の心を揺さぶり、救い、支える存在にもなり得る。

アートにはその力があると信じている。「アーティスト」というとなにやら敷居が高くて、華々しく、自分とはかけ離れたかっこいい存在に見えてしまうかもれいない。しかしアーティストとは、ものづくりをしている人。どんな気持ちで、どんなことを考え、ものをつくっているのか。

「もの」は自分を映し出す鏡のようで、自分の無力感を悟ったり、からっぽ感に焦ったり、小ささに気付いたりするかもしれない。それでも続けるということ。そして出来上がったものというのは、見る人の理性も常識も通り抜けて、心に直接届く。胸がしめつけられる、心が溶けていく、涙が出そうになる。そんな風に人の心を動かす力をもっている。

ドキュメント“ものをつくるということ”では、ものづくりをする人間が抱える葛藤や苦しみ、その中でも信じていることや目指しているものに迫りたい。そして、普段なかなか知ることのできない制作の現場に入り、アーティストの素顔を伝えていきたい。


non-standard worldは心の柔らかい部分に触れるものづくりをする人を応援しています。それは何かに導かれて出会った人でもある、大切な人たち。丁寧に愛を込めて、その姿を綴っていきます。

第一回目は現代美術家・安田悠さんです。
vol.1「絵が得意だった少年がいつの間にか画家と呼ばれ、時には筆を折りたくなるほど苦しみ、それでも描き続けている」(1月29日更新)
vol.2「素顔を教えてくれる画家のアトリエ」(1月30日更新)

この記事を書いた人:

よりそう。の店長。ウェブマガジンの編集長、オンラインショップの店長業務を担当。2014年から、夫でもある社長・高崎と共に、東京から福岡へ移り住む。海と山とあたたかな人に囲まれながら、息子二人の育児にも奮闘中。

  • Twitterでシェア
  • Facebookでシェア
  • はてなブックマーク
  • Pocket
  • Lineで送る

記事への感想を送る

いただいた言葉たちは、大切に読ませていただきますとともに、こちらの連載にてお返事させていただいております。

お名前 (必須)

メールアドレス (必須)

メッセージ

このフィールドは空のままにしてください。