ドキュメント“ものをつくるということ”

現代美術家・安田悠「絵が得意だった少年がいつの間にか画家と呼ばれ、時には筆を折りたくなるほど苦しみ、それでも描き続けている」

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トーキョーワンダーウォールでワンダーウォール賞を獲得し、トヨタアートコレクションや横浜美術館に作品が所蔵され、昨年は横浜の竜宮美術旅館や台湾で行われた展示会にも参加した。大学院を卒業してからは途切れなく個展やグループ展で作品を発表し続け、華々しいアーティストとして活躍している現代美術家・安田悠さん。けれども実際に話を聞くと、笑いながらこう言う。「辛いんだよ。本当に助けてって思う。でも誰も助けてくれない。描くのは自分でしかないから。」絵を描き始めてから約20年、何度も壁にぶち当たり、葛藤しながら今も筆を持ち続けている。

はじまりは、ただ純粋に描きたい、楽しいという気持ちから。

小学生の頃先生に褒められたことがきっかけで絵画教室に通い始めた。中1でやめたものの、高校受験の進路を決めるとき、頭が悪くて美術推薦の高校しか行けないことが発覚。「自分ってそんな頭悪かったんだって(笑)。先生に美術の成績がいいじゃないかって言われ、美術推薦でいける高校の美術コースにいくことに決めました。」大学でも美術科に入り絵を描き続け、卒業後は上京して武蔵野美術大学院の油絵科に進んだ。

大学院では初めて現代美術に触れた。描くものは、課題やテーマが決まっているわけではない。これまでにない自由を得たのと同時に、荒野に放り出されたような状態だ。「何でも描いていいよと急に言われてわからなくなって、手元にあった福岡時代の友達と遊んだときの写真を描くことから始めました。」売れるということを1ミリも考えていなかったこの時期、描くもので行き詰まることはなかった。ただ純粋に描きたい、楽しいという気持ちで描いていくうちに、周りにいいと言ってくれる人が現れ始めて、大学院2年目に初めての個展を開いた。この頃から空や水の表現に安田さんらしさが出始めている。

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Merrow / Oil on Canvas / 1303x1940mm / 2007

しかし、だんだんと描くものに具体的な場面設定をおくことや、わかりやすくすることに疑問を感じ、抽象的な要素が濃くなってきた。さらに影響を与えたのは、3週間テントで生活をしながら旅をしたオーストラリア旅行だ。「いろんなものを見過ぎて、写真もたくさん撮ったけど、絵に描いても絵にしきれないと思って。全部色で流してしまえ!と。」

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Merry-Go-Round / Oil on Canvas / 1620x970mm / 2009

安田さんの絵の描き方は、計算がない。頭で考えてから手を動かすのではなく、まずは手を動かし、色を置くところから始まる。着地点がわからないまま空を飛び続けているようなものだ。「抽象的な表現をずっと続けていると、描き出しから完成までがあまりにも不安定で、自分が想像し得ないような作品ができあがったりするけど、結局できた作品と自分との距離感が離れてしまっているような気がだんだんとしてきました。」

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面影の向こう / Oil on Canvas / 1620x1303mm / 2010

もっと作品と自分との距離を近くしたいという思いから、再び人や木などのモチーフが作品の中に戻ってきた。より近く感じたいというところから、作品のタイトルに日本語が多いのもこの頃からだ。

走り続けて20年。今でも一枚の絵を描くまで、四回塗りつぶすことがある。

2012年には現在所属しているギャラリーで、自分が好きな作家に声をかけ一緒に展示をするグループ展の企画があった。「当たって砕けろっていう気持ちで連絡をしたら、有名な作家からまさかのOK。自分でお願いしたのにどうしよう!あの人と一緒に展示できるんだ!ってプレッシャーがすごくて。」普段は数点同時進行で描くスタイルもこの時は一点集中。一つの作品のみと対峙し続けた。何が良くて何が悪くて何が足りないのか、わからなくなり苦しんだ。

「自分ってなんだろう、自分が表現したいものってなんだろう、これをここに描いていいかな、いや消そうっていう繰り返しでした。」四回塗りつぶして描き直す作業をした。今までで描いた絵の中で一番消している作品だ。苦しくて「助けて」と何度も叫びたくなった。それでも描き続けた。

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Spring / Oil on Canvas / 3234x3894mm / 2012/(c)Photo Keizo Kioku

今は人に見せない絵を描いているという。大学院を卒業してから途切れなく発表をし続けて、クオリティも上がり画面のすきもなく完成度は上がってきた。けれどもどこかで壊さないとという思いがある。「発表をするというと構えてしまう。展示する以上、買ってもらわなければという思いや、どういう風に自分がみられるかを意識するから、今は完成しようとしてなかろうと人に見せない作品をつくる必要があると思っているんです。」

走り続けた20年間、少し歩く速度を落としてみると気持ちが楽になった。期限に追われて描くわけでもないから、絵の具が乾いても気にしない。画面に足りない部分があっても許せる。「見る人に今後どんな展開をするのか期待感をもたせる作品をつくりたい」という願望のとおり、次に発表される作品は、私たちの想像をこえたものを見ることができるかもしれない。

筆を折りたくなるときもある。それでも「絵画」の力を信じるということ。

「いつか美術史の文脈に語られる何かになりたい」と安田さんは話す。モネもゴッホも当時はみんな「現代美術家」だった。何百年と経った今「印象派」として美術館に飾られ世界中で愛されるようになった。最近のアート界は混沌としている。いろんな表現が増えすぎていて、インスタレーションなど何か面白いことをやっているアーティストが注目される時代だ。それでも絵画という手法はなくならない。今でも毎年何千人という学生が美大の油絵科の門を叩く。

絵が得意だった少年がいつの間にか画家と呼ばれ、時には筆を折りたくなるほど苦しみ、それでも描き続けている。安田さんは、 自分の心の声を確認するかのように、頷きながら話す。「できるはずなんだ、何か。そういうことを信じながら。」孤独な戦いは今も続いている。

そして描かれた絵は今日もどこかで、誰かの心を癒やし、踊らせ、励ましているのかもしれない。

この記事を書いた人:

よりそう。の店長。ウェブマガジンの編集長、オンラインショップの店長業務を担当。2014年から、夫でもある社長・高崎と共に、東京から福岡へ移り住む。海と山とあたたかな人に囲まれながら、息子二人の育児にも奮闘中。

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