冬 島根への旅

できるかできないかではなく、やるかやらないか。島根県雲南市の妹尾さん家族と過ごす、自給自足の暮らし体験。

春になると種を撒き、夏は汗をながしながら畑に向き合い、秋は実りと恵みを蓄え、冬になると静かにこたつで豆をよる。これでもかというほど動かした身体を、これでもかというほど休ませてまた春を迎える。

季節の移ろいと共に生きていく、自給自足の暮らし。それは、スーパーで食材を買い、スイッチひとつでお湯を沸かす私たちの暮らしとはかけ離れた、遠い世界の話のよう。けれどどちらも同じ空の下、同じ季節を生きる、同じ人間の営み。

料理家cayocoさんの食と人をつなぐ旅「food letters」冬の旅は、島根県雲南市を訪ねました。この土地で自給自足の暮らしを実直に続けている妹尾(せのお)さん家族と共に、自然と共に生きる暮らしの体験について、今日から4日間に渡りお届けします。

イギリスを思い出してわくわくしてます

旅の一日目。出雲空港で落ち合ったcayocoさんと共に、早速妹尾さん宅を目指します。妹尾さん家族が暮らすのは、雲南市の久野地区という人口600人弱の小さな集落。対向車が通れるのか心配になるような細い山道を抜けながら、窓の外を見上げればちらほら紅葉が残りつつも、寒々しい木々がひっそりと佇む灰色の世界。

「イギリスを思い出してわくわくしてます。」そんなどんよりとした風景も嬉しそうに眺めるcayocoさん。マッサージの勉強のために半年暮らしたイギリスで見た景色とどうやら似ているのだそう。

家のどこを切り取っても美しい妹尾家

「ふたば家」の看板が立つ坂を登ると、妹尾さん宅に到着。孝信さん、直子さん、ふたばくん、そして最近この家にやってきた子犬のさんたろうが迎えてくれました。

窓の外に干された大豆のカーテン。薄暗い土間に煌々と燃えるかまどの火。家の外から絶え間なく聞こえてくる山水の流れる音。目に映るもの、耳に入ってくるもの、一つひとつに五感が喜び始めます。

うっすらと見える山の入り口

「まずは家のまわりを見てみましょうか。」孝信さんの案内に連れられて家の裏に向かうと、小高い山の傾斜にふたばくんの畑と烏骨鶏たちが暮らす小屋が。その奥の山からは、薪に使う木を拾ってきたり、鶏舎に敷く腐葉土のために落ち葉を集めたりするのだそう。

普段から行き来しているからか、ドアがあるわけではないけれど、妹尾さんたちの山の入り口のようなものがうっすらと見えます。

「湯気までもちがいますね」

立派な蔵や原木で育てているしいたけ、眺めの良さそうなふたばくんの秘密基地などを見て回って戻ると、土間にずらりとお昼ごはんが。「そこのお膳とって、セルフサービスで!」と台所から叫ぶ直子さん。ふと手前を見ると時代劇の小道具のような足つきのお膳が。こんなバイキング形式、これまで味わったことがありません。

色とりどりの野菜をお皿によそい、おこげのついたごはんと具だくさんの味噌汁も受け取り、離れに入り囲炉裏を囲んでみんなでお昼ごはん。真ん中でカタカタと湯気を立てる土瓶からお茶を注いで一口飲むと、寒さで縮こまっていた身体がふわりと解けていきます。「湯気までもちがいますね」とcayocoさん。

「生きることはなんだろう」の答え

孝信さんと直子さんが食材に関しては「買わない」と決めてこの地で自給自足の暮らしを始めて今年で7年目。孝信さんは元々、神戸でジュエリーの加工会社に勤め、富裕層向けのハイジュエリーを作っていたとのこと。その後独立し、作業の合間に宝石について調べていたところ、環境破壊や人権問題などを知ります。材料としてやってくるものの実態を知った時、自分の仕事の意味を見出すことができなかったという孝信さん。

「『生きることはなんだろう』と自分に問うた時、行き着いた答えが衣食住だったんです。働くならば食に直結する農業に従事しようと。そして父の故郷である島根へ移りました。」

移り住んだ島根で孝信さんは直子さんと出会い、ふたばくんを宿したタイミングでスタートした自給自足の暮らし。妹尾家が目指すのは、自然を犠牲にするのではなくできるだけ共存して暮らすこと。

自然には裏と表がある

この暮らしを始めてからの変化を聞くと、どんどん頭が軽くなって、心が楽になったと話す直子さん。

「こっちの暮らしは大変。作物が食べられたり、いいとこ取りはできない。与え与えられ、やってやられ、自然界と平等の関係。
自然には裏と表があって、裏がちゃんとくると私はすごく安心するの。ただただほしいものをもらうだけでなく、ちゃんと節度はあって『ここは抑えなさい』ということだから。今年は柿できないなあ『ちぇっ』じゃなくて、もらえないものはもらえない。都会だと、毎年食べたい、いつでも食べられることが当たり前で、飽食の時代ですよね。
でも厳しい中に身を置いてやっとわかった。それなりのものを返さないともらえない。そのことを知って私はすごく安心したの。」

それまで「ずるい」と感じていた自分に対して、気持ちが楽になったという直子さん。都会の暮らしで感じていた違和感や息苦しさから解き放ってくれたのは、自然界から受け取る、厳しさと優しさが織り交ざったメッセージだったようです。

毎日刺激に事欠かない暮らし

テレビもインターネットもないこの家は、外部の情報といえば天気予報をラジオで聞くくらい。あとは時々図書館で調べものや本を借りるだけ。それでも「この暮らしは毎日刺激に事欠かないんです!」とニカっと笑う孝信さん。

「みなさん、人参の種の形って知ってますか?毛虫みたいにちっちゃい毛が生えているんですよ。一本の人参が種から一生を見せてくれるんです。『いったい君たちどうやって生きているの?』って。
野菜というものにこだわらなければいくらでも食べ物はあるし、楽しいことは繰り広げられている。固定観念に縛られているだけだから。」

思い込みの発見だから、観察するって楽しい

たとえ野菜が虫に食べられたとしても、それを食べた生き物が元気に生きている。だから生き物界としてはそれでいいと話す孝信さん。そんな眼差しに「自然農はそういう目線がないときついと思う。挫折感を感じてしまうから、失敗じゃなくて『これでいいじゃん』って思えないと。」と言葉を添える直子さん。

そしてふと何かを思い出したようで、目を細めて愛おしそうにこんな話を教えてくれました。

「豆の花とかほんとかわいくてさ〜!なんなのあの形って思うよ。山の木を見上げても敵わないと思うんだよ。『負けた、やっぱり敵わない、あんたたちすごいよ』ってね。
自然のほんの一部分を見せてもらうだけでこんなにドキドキワクワクするんだから、一生かかっても見飽きることはない。」そう言い切る直子さんの言葉に深く頷く孝信さん。

二人の脳裏に映る豆の花の形とはいったいどんな姿なんだろう。お花見や紅葉狩りで自然を讃えるのとは違う、それはもっと日常に転がっている近しい人へ向ける愛に似たもの。スースーと寝息を立てる子供の寝顔を覗いた時、心の奥に湧き上がってくる感情と同じように、小さな花びらに心を震わすことができたら、毎日は何色に見えるんだろう。

山の土の上に、私たちも迎えられた

お昼ごはんのあとは、今夜のお風呂の準備。薪をくべて五右衛門風呂を沸かします。
「ボタン一つでピッておわることにこんな時間をかけてって思うんですけど、これがおもしろいんですよ。」そう言いながらニカっと得意の笑顔を見せる孝信さん。

赤い火と煙のにおい、絶え間なく流れる山水の音、ちらちらと降り始めた雪。寒い、確かに寒い。でもここはなんてあたたかい場所なんだろう。

目に映るものが、鼻に入ってくるものが、肌を包むものが、それまで背負っていたものをするするとはがして裸にしていく。この山の土の上に、私たちも迎えられたような。

成功失敗に関わらず、勝ち取るのは「面白い!」

おなかいっぱいになった身体をぬくぬくとこたつで温めたあとは、夕食の時間まで蒟蒻づくり体験をさせてもらうことに。はじめて見る蒟蒻芋は思っていたよりどっしり。稲わらを焼いた灰を濾した灰汁の中に、蒟蒻をおろし金で擦って入れていきます。

しゃりしゃりしゃりしゃり。裸電球だけの暗い土間に静かに響く音。

「力を入れずにできるだけ優しく、です。」
そう説明する孝信さんは蒟蒻作りに成功するまで3年かかったのだとか。失敗してかたまらなかったとしても、わらび餅みたいに食べるとおいしいのだそう。妹尾家のチャレンジは、成功失敗に関わらず、必ず勝ち取るのは「面白い!」。

私たちは、いかに省エネに生きているか

畑も薪割りも雪かきも、そしてこんにゃくを擦っていても、感覚がどんどん研ぎ澄まされていくのだそう。「雑念が飛んでいく感覚で、ある一線をこえると楽しいんです。工程を知っていると味わう時の気持ちが違いますしね。」と孝信さん。

思いっきり身体を動かして、思いっきり汗をかいて、思いっきりお腹をすかせて、思いっきり食べて、思いっきり家族みんなで笑う。
思いっきり何かをすることを避けるのが上手な私たちは、いかに省エネに生きているのかを、手の中で少しずつ小さくなっていく蒟蒻が教えてくれます。

さあ、心をうんと動かしてみよう

妹尾さん家族の姿をそのまま真似をすることは難しい。薪割りで汗を流すことはできなくても、電車を待つホームで今日の風を思いっきり吸ってみることはできるかもしれない。畑を耕すことはできなくても、街路樹の葉っぱの美しさに気づくことはできるかもしれない。

「できるかできないかではなく、やるかやらないか。答えは何かしら出るから。」
囲炉裏を囲みながら話した孝信さんのその言葉が頭で響きます。

誰かが、何かが、手を差し伸べてくれていて、その手を握り返すのは自分次第。目の前の朝の光を、風のにおいを、あの人の笑った顔を、身体と心で受け取るところから。

さあ、心をうんと動かしてみよう。

旅の2日目につづく

写真:浅田剛司

<INFORMATION>

フタバ印の野菜

妹尾さんの畑でのびのび育った、無農薬、無肥料、不耕起、できるかぎり自家採取の野菜の配達便です。加工品の直売、県外への配送も可能。
電話:090−3651−4029(妹尾孝信)

暮らし体験 ふたば家

妹尾さん家族が案内する農作業と暮らし体験。お昼は、フタバ印の野菜を炭と薪で調理した自然の恵みごはん付き。ランチのみの利用も可(但し、11:00〜14:00)。

時間:9:00〜16:00内(都合の良い時間をお知らせください。)
予約:3日前まで
料金:自由(ドネーション制)
電話:090-9951-5784(妹尾直子)

この特集の目次

  1. できるかできないかではなく、やるかやらないか。島根県雲南市の妹尾さん家族と過ごす、自給自足の暮らし体験。
  2. 生きる力ってなんだろう。旅で始まったデトックスが教えてくれる、心と体の声。
  3. 料理の心の置き場所を変えた、鶏を絞めるワークショップで学んだ、命のつながり。
  4. 食の根源を教えてもらった島根県雲南市の旅。人も、ごはんも、巡り続けるエネルギー。

館内放送

心がひとりぼっちになった時、そっと言葉で明かりを灯してくれる本、当館オリジナル、作家小谷ふみ著書「よりそうつきひ」が発売となりました(ご購入はこちらから)。
どこか切なくて、寂しくて、愛しくて、ホッとする。なんでもない一日を胸に焼き付けたくなるようなショートエッセイが束ねられた短編集です。読んでいると大切な人の顔が心に浮かんでくる世界が広がっています。
料理家cayocoさんが、春夏秋冬の旅を通じて人・食材・土地と出会い、その土地の保存食をバトンに食と人をつなぐ「food letters」、その旅とレシピ本の特典付き先行予約が始まりました!詳しくは、こちら
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この記事を書いた人:

「よりそう。」館長。時として編集長に変身し、ライターとして駆け回り、ドローンも飛ばしちゃいながら、訪れるみなさんをお出迎えします。好きな本は、稲葉俊郎『いのちを呼びさますもの』。好きな料理は、さつまいも料理。
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