言葉の小舟に揺れながら

「カナシミ」に満ちた殻は 君を支える 「ヨロコビ」のうつわ。第4話「ヨロコビの輪郭」—「デンデンムシノカナシミ」新美南吉

第4話 『ヨロコビの輪郭』

“わたしは いままで うっかりしていたけれど、
わたしのせなかの からのなかには
かなしみが いっぱいつまって いるではないか”

デンデンムシの物語は、ここからはじまる。

この世界が、この心が、
「実は『カナシミ』に満ちている」だなんて、
信じたくなかった。

この話の終わり方も、気に入らなかった。
なんて暗くてすっきりしない結末なのだと。

それが、
10代終わりの頃の私の
最初、読後の感想だった。

この「デンデンムシノカナシミ」が、
「手袋を買いに」「ごんぎつね」でおなじみの
新美南吉による創作童話だと聞いて驚いた。

そして、
美智子妃殿下が愛読された物語でもあると聞き、
その真意に興味を持ったけれど、
若さという勢いと輝きの中にあった私は、
「いや、この世界は『ヨロコビ』に満ちているはず」と、
デンデンムシの殻のなかから目を背けた。

言葉は、時とともに、歳とともに熟成し、
ある日、静かにその存在を主張しはじめる。

苦味しか感じなかったピーマンを、
ある日、とても味わい深く感じ、
その存在を自分の中にみとめることができたように、
大人になり、
味わいを持って、この物語を受けとめられるようになった。

「デンデンムシ」の心になれたのは、
「カナシミ」を知ったからではなく、
「ヨロコビ」を知ったから。

どんなに大切な人とも、
いつか必ず別れが来ること。

同じように、
自分と別れる時も来ること。

でも、
出会わなければ、
感じなければ、
失う恐怖や哀しみを知ることはなかった。

「ヨロコビ」は「カナシミ」の、
「カナシミ」は「ヨロコビ」の、
互いに、輪郭を成すものである。

そして、ヨロコビやカナシミだけでなく、
善と悪、美と醜、安らぎと痛み、
相反するものは、いつも殻一枚の背中合わせ。

そんな、
「カナシミ」を切り取ったこの物語のその後を、
ふと想像することがある。

ハッピーエンドにも、
バットエンドにも、
「結末保留」エンドにも、
物語には語られない「続き」があるから。

新宿駅近く線路の高架下に、
何百ものデンデンムシが
ひっそり暮らしている秘密の場所がある。

そこで見つけた物語の続きを、
「カナシミ」に満ちた友に捧ぐ。

「雨だ!外に出よう!」
君たちは駆け出す

めいいいっぱい
伸びをして
空から降る雨粒を
全身でキャッチ

そんな風に
ひと雨ごとに
ひと粒ごとに
君たちは大きくなってきた

赤い傘のあの子だけが知っている
秘密の「でんでんむし通り」

雨のたび
「カナシミ」の殻も大きくなるけれど

雨を嘆かず
一身に雨をまとう君たちは
いつか気がつく

「カナシミ」に満ちた殻は
君を支える
「ヨロコビ」のうつわであることを


書籍紹介
「でんでんむしのかなしみ」(新樹社)
新美南吉が発表したものは、カタカナの童話「デンデンムシノカナシミ」であるが、
万葉画の鈴木靖将が描いた絵とともにお楽しみ頂くのもおすすめ。

著者紹介
新美南吉(1913年-1943年)は、愛知県出身の日本の児童文学作家。
雑誌『赤い鳥』出身の作家の一人であり、
代表作『ごんぎつね』(1932年)は、この雑誌に掲載されたのが初出。
この「デンデンムシノカナシミ」など、50篇ものカタカナ童話も量産している。

<第5話はこちら

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この記事を書いた人:

もの書き。夫と息子とリクガメと、川沿いの丘の上で暮らす。 日常や世界、音楽や時間を、詩・エッセイ・翻訳にのせて。 代表作「やがて森になる」「月の光」。カレンダー「言葉なきものたちの12ヶ月」 他『扉の言葉』を書いたり、『名まえ』をつけたり。

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