言葉の小舟に揺れながら

「出会うべき本には、出会うべき時と場所で、時に、何度でも巡りあう」第1回 小舟の帆

小舟の帆

とにかく、急いでいた。
約束があるわけでもないのに、
急いでいた。

理由は、もう覚えていない。
ただ、その時は必死で、
とにかく先へ、先へと。

これ以上漕げないスピードで、
自転車を走らせていたある日の夕方、
突然の大雨。

降り始めから激しい勢い。

しばらく漕ぎ続けていたけれど、
もう進めないほど疲れ立ち止まったら、
そこに一件の古本屋。

びしょびしょの身体で、
明らかな雨宿りでも、
店主は知らぬ顔をしてくれていた。

店内を歩きまわり、ふと足を止めると、
大きな本棚のぼんやりした風景のなか、
1冊だけ濃く浮いて見える本があった。

探していたことすら忘れかけていた、
ずっと会いたかった本が、
そこにあった。

選ぶべき道のヒントが書かれていたような気がして、
もう一度、読み直したかった本だった。

大雨に暴風、雷まで鳴り出した店の外、
静かに立ち止まり、雨宿り。

嵐の音は、
次第に心の中からも遠ざかっていった。

出会うべき本には、
出会うべき時と場所で、
時に、何度でも巡りあう。

初めて会った時とは、
別の表情を見せる友のように、
ページをめくるたび、
言葉をなぞるたび、
また心ひかれてゆく。

再会を果たした本を手に外へ出ると、
さっきまでの雨は止んで、
空から光が差していた。

足元の水たまりを大きくまたいで、
ゆっくりと踏み出す。

本は、
小さな舟の「帆」のよう。

風を読んで、
こうして、時には強引に立ち止まらせてくれたり、
そっと包んで、激しい雨風を忘れさせてくれたり、
そのあと、背中を押してくれたりもする。

夕立に、
ふと立ち止まるように、
本を開き、
言葉を得る。

そして、
言葉の帆を張って、
大海原に、
自転車をまた漕ぎ出す。


第2話

写真:浅田剛司

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この記事を書いた人:

もの書き。夫と息子とリクガメと、川沿いの丘の上で暮らす。 日常や世界、音楽や時間を、詩・エッセイ・翻訳にのせて。 代表作「やがて森になる」「月の光」。カレンダー「言葉なきものたちの12ヶ月」 他『扉の言葉』を書いたり、『名まえ』をつけたり。

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