わたしをつくるもの

「全部ひっくるめて、 人生は、煮込料理。」第6回「わたし」の作り方

働き盛りと成長期、男子二人が、
三食の食事やお弁当では足りなくて、
間食に、市販のお菓子を食べたがる。

具体的には、
夫は、バナナが丸ごと入ったあれ。
息子は、湿気ったチョコクッキーみたいなあれ。

でも、家では
なるべく人の手で作られた、
身体と心を強くする、
冷えても温かいものを。

そこで仕方なく、苦手な菓子づくり。

打倒「あのお菓子」を打ち立てて、
夫には、バナナパウンドケーキ、
息子には、ガトーショコラ。

もう、これだけを、
とにかく、こればっかりを
練習することにした。

そして、ある週末、
オーブンの扉を開く。

バナナパウンドケーキ第一作目は、
べちゃっと甘く、後期離乳食のような出来。

続けて、ガトーショコラ。
ひと言で言えば、チョコようかん。

次の日、
バナナケーキは、離乳食を卒業し固形物になった。
ガトーショコラは、なぜかギラギラ油っぽく、
掘り当てたばかりの鉱石のよう…

二人は、試作品を食べ続ける。
この方がよっぽど体に悪いんじゃないかと不安になりつつ、
我が家のゴールデンレシピを待つノートは、
試行錯誤のメモ書きでいっぱいになってゆく。

作るたび、明らかに違うものが出来上がり、
バナナに、チョコに、疲れはじめたある日。

幼いころ母が作ってくれたお菓子の数々をふと思い出し、
母が愛用していた「お菓子大全」を引っ張り出す。

ボロボロの「お菓子大全」と、
その兄弟みたいな「おかず大全」。

分厚い本の端っこに、
愛犬のかじった歯跡。
若き母の走り書き。

小麦粉や醤油のシミ。
熱が下がった朝のお粥。
怒られた晩のおかず。
玄関を開けた瞬間の、台所の香りと音。

育ってきた暮らしの記憶が、本から漂う。

「いただきます」
「ごちそうさま」

この言葉を繰り返すたび、
お腹と、
お腹じゃないところが、
いっぱいに満たされて、
そうやって「わたし」は出来てきた。

歳を重ね、大人になると、
「わたし」の作り方、
どこで間違えたと
自分を持て余す夜もある。

でも、
消し去りたい記憶。
なかったことにしたい失敗。
忘れたはずの傷。
治らない心の癖。

全部ひっくるめて、
人生は、煮込料理。

ある日、蓋を開けたら、
いい味出してる「わたし」が、
きっとひょっこり出来ている。

そんなささやかな希望とともに、
「わたし」の真ん中で暮らす二人と、
今週末もオーブンの扉を、
そろりと開く。

こうして、
過ぎてゆく日々が
知らぬ間にそっと残す。
わたしをつくるもの。

flower:つぐみ
photo:Takao Minamidate
撮影協力:toneri

<連載「わたしをつくるもの」・完>


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この記事を書いた人:

もの書き。夫と息子とリクガメと、川沿いの丘の上で暮らす。 日常や世界、音楽や時間を、詩・エッセイ・翻訳にのせて。 代表作「やがて森になる」「月の光」。カレンダー「言葉なきものたちの12ヶ月」 他『扉の言葉』を書いたり、『名まえ』をつけたり。

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