わたしをつくるもの

「置き去りにしてきたはずの憧れの景色は、 今もこの体の一部のよう。」第5回 小ネズミのトゥシューズ

小さな駅を越え、大きな通りをまっすぐ。
その角を曲がると、バレエ教室が見える。

「ああ、もうすぐ着いちゃう…」

自転車の後部座席で、
わざとモゾモゾ動いたり、靴を落としたり、
自転車が少しでも遅く着く方法をあれこれ試した。

教室に着くと、誰かの影に隠れながら、
どうやったら目立たないでいられるか、
いつも考えていた。

コートを脱いでレオタード一枚になるのが寒くて嫌で、
柔軟体操で背中をぐいぐい押されるの痛くて嫌で、
私はチビで、大きなお姉ちゃんたちが怖くて嫌で、
嫌、嫌、尽くしの幼いクラシックバレエ。

でも、
果てしなく思えたその「最後の日」は、
突然やってきた。
それは、バレエの発表会の日だった。

小さな役(その他大勢)をもらい、
手作りのネズミの衣装に身を包み、
舞台のそでに立ち、
出番が来たら背中をトンと押してもらった。

暗闇から飛び出たら、光がまぶし過ぎて、
音楽だけが、確かな道しるべだった。

発表会が終わり、先生が名残惜しそうに、
憧れだったトゥシューズの代わりに、
銀色のトゥシューズのペンダントをくれた。

「ほんとに、やめちゃっていいのかな…」

その時はまだ幼すぎて、
「心は揺れるもの」であることを知らなかった。
心は言葉に表せるものであることも、知らないまま。

髪をキュッと結い上げた少女とすれ違う度に、
今も胸のどこか、何かが、静かにうずく。

耳の奥に残り巡る「花のワルツ」に胸は踊り、
暗闇から見つめる光のまぶしさに目はくらみ、
置き去りにしてきたはずの憧れの景色は、
今もこの体の一部のよう。

何かをまた置いてきぼりにしてしまいそうになると、
「ほんとにいいの?」と、
胸のトゥシューズのペンダントが揺れる。

あの日、あの時、
やめずにいたら、続けていたら、
今ごろ、どうなっていただろうと、
重ねてきた数々のこと。

「続ける」とはいつも、
つま先立ちの危うさの上にある。

ふらふら、ゆらゆら揺れながら、
それでも立って、
もうちょっと、あと少し、
進んでゆけたなら、
いつか両足裏で掴む何処かに辿り着く。

抱きしめ損ねた夢に支えられ、
まだ頼りない今日を続けてゆく。
揺れるつま先とともに。

************

flower:つぐみ
photo:Takao Minamidate
撮影協力:toneri

<つづく(6/30公開)>


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この記事を書いた人:

もの書き。夫と息子とリクガメと、川沿いの丘の上で暮らす。 日常や世界、音楽や時間を、詩・エッセイ・翻訳にのせて。 代表作「やがて森になる」「月の光」。カレンダー「言葉なきものたちの12ヶ月」 他『扉の言葉』を書いたり、『名まえ』をつけたり。

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