優しいこころと暮らしをつくる、ダンサーの本棚

彼らは、みんな恋をした  安野光雅 口語訳 『即興詩人』

恋の共鳴は今日も続いている

 

『即興詩人』。歴史も文化も自然もたわわで豊かなイタリアの地を舞台に、アンデルセンが2年の旅の後、1835年に執筆。ヨーロッパで反響を呼ぶ。日本では、森鴎外が名文云われ高い雅文調の文語訳に10年の歳月を費やし翻訳する。刊行当時の1905年(明治35年)、原作以上の名訳と評された。森鴎外の文語訳と出会い、心酔した者は少なくないようで、その中の一人に若き日の安野光雅(あんの・みつまさ)氏がいる。森鴎外生誕150周年目前の2010年、安野氏は自ら青春の書と謳う文語訳『即興詩人』を、口語訳に訳し替え、タッチの優しいスケッチを挿絵に添え出版した。

この本は、なんとも人の想いのつまった本だ。文語というものを普段あまり読み慣れぬ僕のような者も、物語に触れ、理解することが出来るのだから、とっつきやすいし、ありがたい。

一つの物語を巡って、著名な芸術家が3人も、国境を越え、時代を越え、関わっており、それぞれ、その偉大な才能と少なくない年月費やし、この物語に捧げている。何故この物語は彼らの心をこんなにも惹きつけたのだろう?物語を読んで、なんとなくなっとくし、想像し想った。きっと青春時代の恋が共鳴し、連鎖したに違いない、と…

アンデルセンは、恋をした。

森鴎外は、恋をした。

安野光雅は、恋をした。

彼らは、みんな恋をした。

恋の強烈な体験とその心の揺れが、響き合い共鳴し、連鎖し、結晶化し、本書に至ったと、僕は勝手にそう思っている。そしてこの本は読者の

彼女は、恋をした。

彼は、恋をした。

僕は、恋をした。

私は、恋をした。

とも響き合ってゆくのだろうと思う。この物語は時代に関係なくタイムレスに共鳴する物語だ。

今日も、誰かが、恋をする。あ〜、人生のドキドキよ。

『恋は盲目』のその先の抜け道

 

アンデルセンは、シェイクスピアの「ヴェニスの商人」に出てくる有名なフレーズ「恋は盲目」に応え、彼なりのとてもユニークなパラフレーズというか、驚くような回答をこの物語の中に残している。主人公の名はアントニオと同名を名乗らせているし、主人公が最後に赴く場所もヴェニスなのだから、アンデルセンは完全にシェイクスピアを意識して意図的に書いている。これは、物語の肝のようなところだから、口が裂けても言え無いけれど、『即興詩人』の終わりの方の展開は、僕の心に深く響き、「恋は盲目」のその先にある新しい情景を垣間見せてくれた。

「恋は盲目」というフレーズ自体キャッチーで、真理と正しさがそこにあると思うけれど、知識や知恵として何度も耳にしているから、今更これを聞いて、フレッシュに目から鱗がドロップする大人はいないと思う。『即興詩人』には、物語そのものを通して伝わってくる奥行きと深みがあって、最後に、読み手の心全体をドーンと鐘のように鳴らし、響かせる力があると思う。

 

聖なるものと人の恋の融合する物語

 

ちょっと唐突な話の舵取りになってしまうかもしれないけれど、この本を読んでいて、心の何処かで眠っていた聖なるものを呼び覚まされたような感覚になった。

物語の中の男女は貞潔で、操と心身の芯を精神的にも肉体的にも大切に守り、自分の純真さを大切な誰かと出会った時、捧げようと保ち、ずっと待ってたりする。その姿は胸を打つと同時に、あ〜ぁ、僕はもうこの物語の中の人々のようにピュアでもないし、まいったな、と、なんとなく気が引けてくる。僕たちは、天使じゃないのだよ、と。

この本を読んだ、現代人の多くもそんな風に感じるのではないか?と推測するのだけれど、それと同時に、この物語に触れた者は誰でも心の何処かで、ストーリーのコアから響くピュアな力に心の何処かが応答するのを感じるんじゃないか?と思う。聖なるものと何処かで触れあう感じだ。たぶんそれが、この物語をとてもスペシャルにしている。

だから、『即興詩人』はただのうわっついた恋物語ではない。

恋は素晴らしい。もっともっと恋をしよう。それも良いのだが、恋をすると色々大変なこともある。実際に大変なことが起こるのが恋の常でもある。恋が原因で殺し合いになったり、恋に破れ、死にたくなったり、実際に恋に病んで死んでしまう人が、今も昔も世から絶えない。おおげさな言い方だけれども、時に恋は荒々しくもあるから、恋をするには、それなりの勇気と覚悟が必要だ。

それでも、誰が止めても、恋する人々のハートビートは、ドキンドキンと世界中に響きわたっている。これから先何が起こるかもしらずに、カップルは今日も恋に落ちる。きっと世界の終わりまで恋が止むことはないだろう。この物語は、そういう人々の色々と恋の嵐に聖なるキスを投げかけている。

 

 

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この記事を書いた人:

振付家&ダンサー。東京都生まれ。フォルクヴァング芸術大学卒業。踊りを通して知らない場所や人と出会うこと、予定調和ではない驚きや想像性と出会える空間をつくることをテーマに活動している。

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