優しいこころと暮らしをつくる、ダンサーの本棚

「心の雨が止むと、光がさしてくる。そうしたらきっと、虹も見えるだろう」よしもとばなな『デッドエンドの思い出』

リトルミラクルライト

今回、よりそう。から僕が頂いたお題は、「雨降りが止まない心に光がさす本」。このお題を頂いた時、光の速度でパッと一冊の本が僕の頭に飛び込んでいた。それがこの、吉本ばななさんが、よしもとばななさんであった時期に書いた本、『デッドエンドの思い出』。

10年くらい前だったろうか、僕は思い悩み、心が、それこそ袋小路(デッドエンド)のような処で長いこと迷子になっていた。そこから、どうにかこうにか、抜け出ようとしていたタイミングで、この本とバッタリ出会った。タイトルの響きとブックカバーの黄色の明るさ、チラリと見えるブルーの美しさに惹かれ、手にとっていた。

なぜだかこの本を読んでいると、よく晴れた日の空気が僕のまわりで透きとおっていくのを感じた。それは印象派の絵画のように脳裏に残っていて、本の中に描かれた風景とその時に僕を包んでいた現実の風景が、記憶の中で柔らかく触れ合い独特の空気をつくっている。この本を読んでいる途中で不思議と、僕はきっと立ち直れる、そんな想いが心にのぼる瞬間があった。

坂本九さんの歌じゃないけれど、「ステキなタイミング」で、この本を開くことができたなら、心の中でちょっとしたミラクルが起こると思う。

今回、この本を読み返してみると、作家、吉本ばななさんが、温かくも繊細な書き口で、人の心の中にある光を、5つの物語、一つ一つに宝石をおいてゆくように書かれていたのだと、今更ながら気づかされ、何て素敵な本と自分は出会っていたのだろう、そうあらためてこころ動かされた。

 

本当に大切なことが書いてある本

 

人の心の中に、ある光。

心の中には、光があって、人がそれと出会うこと。

希望と灯を心にともすようなモーメントを、こんなにもクリアーに、ハッキリくっきり書いている本は、あんまりないと思う。というか、他にあまり思い浮かばない。

あえてあげるなら、クリスチャンの僕にとってそれは「聖書」だろう。「聖書」の横に、たとえば「デッドエンドの思い出」を並べて置いみたら、全く違う種類の本なのだけれど、あー、やっぱりそうか、そうだろうな、という感じで僕の心の本棚に、その並びですんなりとおさまってしまう。

そんな風に書いたら、この本のちょっぴりスペシャルな特質を感じとって頂けるだろうか?

 

よりそってくれる&よりそわせてもらえる

 

書き手である吉本ばななさんが登場人物たちへおくる愛情、向けるまなざしの距離感が近くに寄り添っているようで、読者は、登場人物たちの体温、あたたかさ、を感じとることができる。

そんなインティメットな読み心地は、お気に入りのモーフのように心をくるんと包んでくれる。

物語の中の登場人物たちが、読み手のすぐ側にいるように感じられるのは、彼らが自分でも思いもしなかったような、デリケートな状況に身を置いていることが少なからず関係していると思う。

ねぇ、大丈夫?

と読んでいるこちらも、側に寄って行きたくなる。こちらから近寄りたくなるなるような柔らかな空気を彼らはみな纏っている。そんな風に僕には感じられる。

大なり小なりそれぞれに問題を抱えている物語の中の当人らにしてみれば、居心地の悪いアンバランスな状況は、とても歓迎出来るものではないのだろうけれど、物語の中で、それは結果的にかけがえのないチャンスとなる。大切な人との予期せぬ出会いであったり、彼らの人生にとって大切な何かを彼らの心に呼び込むキッカケやターニングポイントに変わる。そういった反転が起こるのは、彼らが立ち直ってゆく過程で、現在、あるいは過去(思い出の中)、はたまた夢の中で、人の心の中にある光となんらかの形で触れ合う体験をするからだ。

読書の楽しみを奪わぬよう、本筋とは関係のないところで、チョロチョロとちっちゃな蛇が動き回るように筆を運びつつ、5つの物語を紹介したい。

 

幽霊の家

 

お話の中に、おいしそうなたべものが沢山出てくる。得にロールケーキは、かたちも丸く、ふんわりとしているから、この物語の中に、幸福をつつむ愛の象徴として、ポンとそこに置かれているように、僕は、感じる。

もちろん、幽霊もちゃんと出て来るが、悪い幽霊ではないようだ。

 

「おかーさーん!」

 

夜に見た夢って大概、朝になるとすぐに忘れてしまうもの。それでも、どんな人の人生にも一回くらいは、忘れられない夢との出会いが、あるの、かも。

僕も正夢なら、一度だけ見たことがあって、初めてバレンタインのチョコを貰った時、誰から貰うことになるのか、夢のせいで知っていた。特に毒は入っていなかったけれど、チョコの中にウィスキーが入っていて、せっかく貰ったチョコを吐き出してしまった。

毒といえば、毒が入っているのは大概、カレーの中。

 

あったかくなんてない

 

時々、こどもって、とんでもなく賢いことを言う。このお話の中に、まことくんというこどもが出てくるのだが、彼もとんでもなく賢いことを言う。

僕も一度だけ、人生のピンチに子供の一言に助けられたことがある。

 

ともちゃんの幸せ

 

吉本ばななさんが、物語の最後に、気持ちが溢れて、パッと前へ出て行き、主人公のともちゃんをギュッと抱きしめるような文章を書いていて、それがとても感動的。個人的に大好きなお話です。

 

デッドエンドの思い出

 

物語の内容からは少し離れてしまうのだけれど、この本のあとがきを読んでいると、この短編小説集は、吉本ばななさんが妊娠されていた時に書かれていた本であることがわかった。

僕は男なので想像妊娠以外の妊娠は、残念ながらあり得ない。だから、これはあくまで僕の想像でしかないのだけれど、命をお腹に宿すということは、人の命をこれ以上ないくらいに近くで感じる体験だと思う。そしてそれは、きっと書き手である吉本ばななさんに、『デッドエンドの思い出』のような物語を書く勇気を与えたのではないかな、と僕は想った。

吉本さん自身は、出産をひかえて、過去のつらかったことを全部あわてて清算しようとしたのではないか?と自分を分析して書かれていたけれど、この本がこんなにも希望を読者に感じさせる本となった背景に、もしかしたら、吉本ばななさんが妊娠されて、命の輝きをご自身の本当に近くで感じていたこともあるのかな?と僕は想像しました。

以上、5つの物語に関して、ほんとうに蛇足っぽいことしか書かなかったけれど、その分未だ読んだことのない方々に、楽しみがいっぱい残っている。

 

淋しさの中にいる人を引き上げる不思議な力について

 

淋しさの中にいる人を引き上げようとする時、強引な力というものは、かえって状況を引き裂いてしまうもの。助けてあげようなどと思っていると、壊してしまうことだってある。こっちの都合で揺り動かしたり、掻き立てたりしてはいけないみたいだ。

それでも、神さまがプレゼントしてくれたような出会いならば、多くの場合、助ける人は、そこにいるだけで、良かったりもするから不思議である。

そういう意味で、この本は、かけがえのない出会いと、人と人を結びつける力について、僕にいろいろと思い巡らせるキッカケを与えてくれた。

本に向かってありがとう、と言うのはなんだかちょっとおかしなことだし、変だと思うけれど、『デッドエンドの思い出』を読んでいると大好きな友達と一緒にいるような気持ちになって、なんだか無性にありがとうと言いたくなる。

 

神様は抱きしめてくれる、虹をこころの中にみる

 

そういう感謝の気持ちを心に残しつつ、最後に一つ、この本を読み終えて、ふと心に浮かんだ言葉を届けたい。

Blessing

という言葉だ。日本語で「祝福」という意味だけれど、何故かこの英語のBlessingの方が頭にポンと浮かんだ。

心の中にある光との出会いは、永久保存されるべき幸せであると僕は思う。なぜなら、人が心の中に光を見出す体験は、神さまから抱きしめられるような素晴らしい体験だから。

これが、Blessing でなくてなんであろう。

やがて心の雨が止むと、光がさしてくる。そうしたらきっと、虹も見えるだろう。

「デッドエンドの思い出」は、そんな虹を予感させる美しい本です。

 

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この記事を書いた人:

振付家&ダンサー。東京都生まれ。フォルクヴァング芸術大学卒業。踊りを通して知らない場所や人と出会うこと、予定調和ではない驚きや想像性と出会える空間をつくることをテーマに活動している。

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