優しいこころと暮らしをつくる、ダンサーの本棚

とげとげの心をまあるくする本 = パウル・クレーの画集

 ミヒャエル・エンデ博物館からパウル・クレーの絵の中へ

今回は、パウル・クレーが紙の上で鉛筆を散歩させて、線を描いたように、少しくるくると、まわり道をしながら書き進めてみようと思う。

ミュンヘン郊外にブルートベルク城という小さなお城があって、その中に、これまた小さな博物館がひとつある。

ミヒャエル・エンデ博物館。

先ほどから受付のおばあちゃんが、グゥアヒェ〜ン!グゥアヒェ〜ン!と、この人もう死んじゃうんじゃないかなぁ?とこちらが心配するようなサウンドで、咳をしている。

博物館の中は、エンデの書斎に置かれていた本たちが、部屋中ぐるりと並べられていて、午後の光が小さな窓から気持ち良く入ってくる。そんな木漏れ日の時間に、お客は僕一人だけ。のんびりとエンデが手にとっていたであろう本たちを眺めていると、後ろの方から今度は、グゥイ〜グゥイ〜とイビキが聞こえてきた。

だんだんと自分が、エンデの物語の中に入り込んでいるような気に僕はなった。

やっぱりバスチアンのようなことになった

予感というものは、ここぞ!という時に的中するものである。しばらくすると、目を覚ました受付のおばあちゃんが、僕のところへやって来た。

「わたしゃ、ちょっくらトイレに行きたいんでねぇ、ちょっとこの部屋の鍵を閉めるけど、またすぐに戻ってくるから、あんた、いいかいねぇ?」

僕がボケーっとしているとおばちゃんは、グォアヘ〜ン!と咳をしながら博物館の扉をロックして出て行ってしまった。 

そういえば、「はてしない物語」の冒頭で、古書店の店主が電話に出るために奥の部屋へと消えてゆき、主人公のバスチアンが本に囲まれて一人取り残されるというシーンがある。エンデの本に囲まれ、部屋に閉じ込められてしまった僕は、バスチアンのことなどを想って、なんだかやっぱり、状況がシンクロしてきたぞ、と嬉しくなった。

その後でふと、待てよ、あのおばちゃんが本当に死んじゃったら、ちょっとややっこしいことになるな、と思った。

その瞬間、エンデが天国でウィンクをした。

せっかくだから、1冊。エンデの本棚から。

物語の中のバスチアンは、1冊の本を書店から持ち逃げして、それがきっかけで「はてしない物語」の冒険が始まるのだけれど、僕もせっかくなので、本を1冊選んでみようと歩き回って見ていると、パウル・クレーの画集にポンと目が留まった。

好きな作家が好きな画家を好きでいたとは、なんと好ましい。

これにしよう。

パウル・クレーの画集 

正直言って、心がとげとげとしている時、座って小説などを読んでみても、文字のせせこましさが窮屈に感じられ、とても座っていられないよ!え〜い!と小説などほっぽり出したい気分に僕なら、なる。

でもクレーの画集なら、そうとうイライラしていても僕は投げない。

内側が動き出すように感じるような絵たち

クレーの絵が僕にとって特別なのは、見ていると、ゆっくり自分の内側を動かされるような、そんなクレー独特の力が絵に宿っていると感じてしまうから。

作家の保坂和志さんも、クレーの絵を見た瞬間に、「動いた!」と感じたのだと、あるエッセーの中で書いていたけれど、この「動いた!」という感覚は、目の前の絵とシンクロしながら、見る人の心の中で何かが動くという体験なのでは?と僕は想像する。

クレー独自のユニークなバランス感覚

とはいえ、アートというものは多かれ少なかれ、人の心を動かすということを目的としている。だから、動的な力を発揮するアートは、別にクレーの絵だけではないだろう。それはきっとそう、なのだがそれでも、僕はクレーの絵を人にも勧めたくなるし、眺めたくなる。

その理由は、クレー独自のユニークなバランス感覚にあると僕は思う。

保坂さんの「動いた!」という体験とは少し違うのだけれど、僕もデュッセルドルフの美術館でクレーの絵の前に立った時、一枚一枚、ぼわーんと絵に包み込まれるような、色に触れられるような、不思議な体験をした。

一枚一枚の絵が、体温を持った小さな惑星のようだった。

クレーの絵は、もののかたち、動き、色などが、分析され、とても正確に配置されて出来た絵である。本当にそれは、彼の書いた『造形思考』などの本を読んでも裏打ちされることなのだけれど、それと同時にクレーの絵は秘密であったり、詩であったり、音楽であったり、ファンタジーであったり、いろんなものがちゃんとそこに含まれて、むしろその力を強めて、理性的な力と反発せずに、いい感じで手をとりあっている。こういうのって、ストイックになりがちなアートの世界では、なかなか、あるようでないあっぱれなバランスだなと僕は思う。

色々混ざっているのに、とってもピュア。

複雑なのに、なんだかクリアー。

ぽわーんと時間や空間を柔らかくして動かしちゃう。

クレーのアートは、子供から老人まで、老若男女問わず、もしかしたら宇宙人もOKなくらい、懐が深くて豊かなアートだ。

何かの縁で、エンデ氏の博物館でクレーの画集を見つけたけれど、彼もまた、大人子供問わずのイマジネーションの作家だったから、僕のお話、まったく無意味な周り道ではなかったと自負している。

Anyway, この星はまあるい。点を動かしてゆけばいつか、何処かで出会い重なる。


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この記事を書いた人:

振付家&ダンサー。東京都生まれ。フォルクヴァング芸術大学卒業。踊りを通して知らない場所や人と出会うこと、予定調和ではない驚きや想像性と出会える空間をつくることをテーマに活動している。

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