出会いの中に隠れているもの

永遠と二日 〜 時を繋いで踊る旅 〜

この連載は、ドイツを拠点として活動するダンサー振付家、神谷理仁さんのエッセイです。
ダンサーが踊るように描く、出会いに纏わるお話をお届けします。前回までの物語はこちら

白いシルクの空の下

はなし始めに日付をひとつ。今日は、2009年6月30日。シルクのような曇り空の下を僕は歩く。エッセン市のフォルクヴァング芸術大学へ通う途中、噴水のある広場に差し掛かると、本屋の店先にドサッとセール本の山を発見。虫が樹液に誘われるように行って、山をちょとづつ崩し、目に留まった一冊の本を手にとる。タイトルは“Einmal“ (ドイツ語の発音は、アインマール。意味は、「かつて…」)、映画監督のヴィム・ヴェンダーズ氏の写真集。その本の重みを感じつつ僕は、あの人のことを想った。

誰かを想いつつ歩いたら時空がちょっとズレた

” Einmal “を小脇に挟んで、あの人を想いつつ道を下ると、僕の作品にも参加してくれた、歌って踊れるカラフルなダンサー、友人のヴェレーナが向こうから近づいて来る。何か言いたげな感じだったので、ん?、とアイコンタクトを送り、道の途中でランデブー。

時空にズレが生じていたのだろうか、スーパーのちょうど入り口あたりで僕らの足は止まった。出入りする客はひょいひょい僕らをよけ、僕らも彼らをひょいひょいよける。ソワソワしてまったく落ち着かない。トントン。ねぇ、ちょっとあっちへ逃げよう。

ふいに降ったあの日のニュース

リヒト、実は良いニュースと悪いニュースがあるのだけど、どちらを先に聞きたい?そうヴェレーナから尋ねられ、悪いニュースの方はもう知っているよ、マイケル・ジャクソンが亡くなったことでしょう?とってもショック。そう応えると、彼女は何処か言いにくそうになった。いやいや私たちにはもっと重大なことなの。驚かないでね、ピナが今朝亡くなったの…

記憶はそこからぼんやりとする。あの日の良いニュースとは何だろうか?

メモリーとリアリティーは火花を散らし

僕はその日、久しぶりにピナのことを想っていた。だからピナを想って歩いていた自分の気持ちや記憶の中に、彼女がこの世を去った現実が突如投げ込まれて、現実と記憶のプラグが触れ合いショートしてしまったかのようだった。

*(ピナのことを僕があのとき想っていたのにはそれなりの理由がある。当時、ウェンダーズ監督が、ピナバウシュと共にドキュメンタリー映画をつくる予定だった。その撮影がいよいよ始まるとの噂は僕の耳にも届いていた。そんなさなか写真集を見つけ、それで。)

そもそものストーリーに戻れるのなら

そもそも、ピナの踊りと出会っていなかったら、ドイツに来て舞台や踊りのことを僕が学んでいたかどうかも怪しい。フォルクヴァングという学校には、当時そういう人たちが世界中からたくさん集まっていた。みなピナと会って、一緒に仕事がしたかったのだ。

入学試験を受ける時、僕はピナに書類のことで助けてもらった。それでやっとのことドイツに来られた。ピナは恩人であったし、憧れの人で、僕の目の前で夢を立たせ踊らせていた。そんな人が突然にこの世を去った。

もう少し先へ進んだら、きっとまた会えると思っていたのに。

勝手に天使と出会うような、切実なファンタジー

こんなことを書くと人によっては何なの?と思うことだろう。連載も今回が最後なので勇気を出して書いてみることにする。

もう一つの日付をここに。2009年12月30日。日付はまだ切り替わったばかり。僕は一人、当時暮らしていたアパートにいる。この日も眠る前のお祈りをしていた(前にも書いたけれど、クリスチャンなので僕には祈る習慣がある。)。ただその日は祈っていると、ふと誰かが側にいるような気がした。それで、イエスさまと声に出して祈り続けたのだが、何故だか途中でピナ!と口から彼女の名前が飛び出した。

そんなことが起こって、どんどんと彼女がそこにいるような気持ちに僕はなった。ドキドキしながらそこで踊った。もしかしたら天使になったピナが、僕と一緒に踊ってくれるかもしれない。そう想って踊っていたら、本当に彼女がここで踊っているのがわかった。

ターン、ターン、ターニングポイント

その日のそこからの流れは、自分でも人生を変える一日だったなと思う。

眠りから覚め、昼に散歩に出ると友人に誘われ、メキシカーナというレストランへ行くことになる。フォルクヴァング芸術大学に通ってる人ならば知らぬ人のない溜まり場だが、年の瀬ということもあり、店の中はほぼ空っぽだった。街に残っている少数派の生徒たちが集って乾杯する予定だったのだが、結局そこに集まれたのは3〜4人だったと思う。

暫くすると静まってしんみりとなった空気をくぐって、のっぽのエレガントなダンサーが現れた。ルッツ・フォールスター氏だ。長いことブッパタール舞踊団で踊り続けたレジェンドダンサーで、当時のフォルクヴァング芸術大学舞踊科学科長だった。

どういう風の吹きまわしか、僕はこの日フォールスター氏と4時間も語らうことになった。

川のながれの語る物語のように

自己紹介から始まり4時間、フォールスター氏とゆっくり語らったあの時間は、右へ左へカーブを描いて生きてきた道筋をもう一度ゆっくりと辿るような時間だった。

君の名前はリヒトというのか、ルッツもラテン語の語源は光という意味なのだよ、そんな風に始まり、舞台のこと、ピナのこと、大野一雄さんのこと、そして「現在・過去・未来の子どもたちのために」でフォールスター氏が踊ったソロのことも話した。

僕の記憶に強く焼きついているその踊りは、カエターノ・ヴェローゾの「小さなライオン」の調べと共に踊られる。手の平を返せば世界がひっくり返ってしまいそうなほっどチャーミングな踊りで、小さな命への慈しみを纏っていた。

僕は、あのダンスを東京で4回も見て、それからずっと今まで覚えているんです。あれは僕の中のベストダンスです。そう伝えると嬉しそうに、少し誇らしげに、あの踊りは頭から尻尾まで全部ピナのムーブメントなんだよ、とフォールスター氏は教えてくれた。

最近では振付家もダンサーのつくり出す動きを見ながら、それを取り込んで踊りをシェイプするだろう?あの作品で僕が踊る頃には、ピナだってそうしていたんだ。でも、あの踊りは最初から最後まで純粋なピナのムーブメントなんだよ。それはね、僕が久しぶりにブッパタール舞踊団に復帰することになった時、ピナにどう踊りたいかと尋ねられて、僕はあなたのムーブメントが踊りたいですって伝えたからなんだ。

こんなことを思い出しながら書いていると改めて思う。他の人から動きを受け取って動くことって、本当はとっても凄いことなのかもしれない。命のプレゼントを受け取っているような。

驚きと感謝込めて

夜の終わりに、フォールスター氏にピナは今何処に眠っているのですか?と尋ねてみた。ちょっと目をクルクルさせて彼が考えていたので、お墓まいりに行きたいんですと伝えると、 ああっ、とすぐ理解して、テーブルの上のビールのコースターにアドレスを書いてくれた。

年が明けると僕はさっそくピナのお墓まいりに行った。その後、スタジオに篭って本格的に振付を始めた。自分にも気づかれないくらい静かな気持ちで始めた。2ヶ月後の修士振付科のオーディションを受け、フォールスター氏やブッパタールのダンサーたちの前で踊った時、小さな踊りをじっと見守る彼等の表情がとっても優しかった。

ピナもブッパタールのダンサーたちもそりゃあ人間だから色々あるのだろうけれど、やっぱり特別だなと僕は思う。人それぞれの命へ切実な眼差しを送る、温かく大切な気持ちがそこに隠れていると思うから。

<完>

*Special Thanks

連載「出会いの中に隠れているもの」を読んでくださりありがとうございます。僕のポンコツ物語も、共感や違和感を感じてくれる皆さんの心と出会えなかったら、電池が切れて動けないロボットのようなものです。だから感謝。

この記事を書いた人:

振付家&ダンサー。東京都生まれ。フォルクヴァング芸術大学卒業。踊りを通して知らない場所や人と出会うこと、予定調和ではない驚きや想像性と出会える空間をつくることをテーマに活動している。

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