となりあう日々

誰もみな、日々の約束の果て、 いつかは同じ、約束の世界にかえる。最終回「約束の世界」

約束の世界

数日ぶりの、雨あがりの朝。

ここずっと、グッと我慢して飲み込んだ言葉が、
雨水のように胸の底に溜まっている。

山盛りの洗濯を終わらせ、
重い心を引きずって、用事を済ませに丘の上まで。

空はこんなにも晴れ渡っているのに、
飲み込んだ言葉たちがお腹の中でまだグツグツ煮えていて、
そのうちお腹を飛び出して、ヤリとなって降って来そう。
そしたら痛いだろうなあ。

こんな時でも、
人とも、自分とも、うまく付き合いながら、
やるべきことを黙々と、時に淡々とやってゆくことに、
そして、それができる人に憧れる。

丘の上の用事を終え、帰りにスーパーに寄ると、
野菜コーナーがいつもより活気づいていた。
地元野菜の直売に、採れたての大根と人参。

いつもスパッと切られている緑の葉っぱも、
ふっさふっさ付いている!
やった!ふっさふさだ!と思わず両方手に取る。

ずっしり重い彼らを、
丘の下まで持ち帰る不安からは目をそらし、
美しい野菜だなあと見とれながらリュックに詰めこむ。

この同じ土の下、
深く根を下ろし、青空を見上げることもなく、
ただ黙々と根を肥やし膨らます彼らは、
外に向かってその思いを叫びたくなる時はないのだろうか?

そんな事をふと考えていたら、
リュックの中で揺れる大根や人参の重さに、
尊敬と憧れの気持ちが沸き上がって来た。
感動してちょっと泣きそうにさえなって、
感情が暴走気味、どうにもならなくなったその時だった。

「あら大根が、ビローンって出ちゃってるよ!」
振り向くと、ちっちゃいおばちゃんが立っていた。
えっ?と後ろ手にさわると、
リュックの口がパカーッと開いて、
大根がビローンと垂れ下がっていた。

「うわ、恥ずかしい!」と言った瞬間、
ちっちゃいおばちゃんから目が離せなくなった。
彼女は一昨年亡くなった私の友によく似ていて、
歳を重ねることができていたら
こんな風になっていたんじゃないかと、
暴走気味の感情は、
眠っていた友への想いに姿を変え、体中を駆け巡った。

そして、さっきまでのお腹のグツグツは、
胸に移動してきて、ぎゅうっとなった。

友は苦労が多い人だったけれど、
その苦悩を人にさらすことなく、ひとり逝った人だった。

おばちゃんは、リュックを閉め直してくれ、
「随分とまた見事な大根だよね。よかったね。
葉っぱは味噌汁にも美味しいんだよねー」
とこれまた友が言いそうなことをつらつらと気さくに話し続ける。

一緒に歩きながら話している間にも大根がまたビローンとなる。
「丘の下に行くまでにこりゃ何度も直しながら行かないとね」
と笑い合ううち、お別れの時は急にやって来た。

ありがとうございました、とお礼を言って、
また重いリュックと数歩、歩いた時、
「この先、また誰かが気がついて声かけくれるよ。がんばって!」

おばちゃんの優しい声に、
背中の重さがふっと軽くなった気がした。

無事に、大根と人参を連れて帰る。
一番先に誰に食べさせてあげるかは、買った時から決めていた。

我が家で最も寡黙で、
ひたむきに生きているリクガメのはなたろう。
大根のふっさふさの葉っぱを頬張るはなたろうに、
今日のことを報告する。

今日ね、ちっちゃいおばちゃんの声の向こうに、
たしかに、彼女の声を聞いたんだよ。

「この先、またビローンってなっても、
誰かが気がついて声をかけてくれるよ。がんばって!」

大根じゃないものが、
重い心からビローンと溢れ出しても、
何度も、直しながら、
時に、直してもらいながら、丘を越えてゆく。

あれから1年。

ちっちゃいおばちゃんには、あれっきり一度も会わない。
そして、寡黙なはなたろうも同じ年のクリスマスに、
友と同じところにいってしまった。

そしてまた巡ってきた、ふっさふさの大根の季節。

ある明け方、夢を見た。

我が家のよき隣人であり、ハーブの先生でもある奥様が、
「あのね、このハーブティー飲むとね、
もう会えない人、一人にだけ会えるの」
とガラスのティーカップを私に差し出す。

迷わず、彼女の名前を口にした瞬間、
微笑む友が、閉じた瞼の上に現れた。
それは流れ星のような一瞬の出来事で、
彼女の名前を呼んだ自分の声で目が覚めた。

ひと言でいいから言葉を交わそうと、
もう一度、覚めたばかりの夢の中へと目を閉じたけれど、
巻き戻しのできない夢は、映画館で見る映画のようで、
とっくに白黒の意味不明な第二幕に進んでいた。

誕生日でもないし、命日でもない、
なぜいつもこの季節になると、
彼女はちらちらとその気配見せるのだろうと、ふと考えてみた。

秋の終わり、冬のはじまりは、私たちが出会った季節だった。

誰もいない夕暮れの保育園の園庭で名前を呼ばれた。
振り返ると、彼女が連絡先を書いたメモを持って立っていた。

薄明るい夜空に、気の早い星がひとつ輝いていた。

夢のなかに、
誰かの言葉になかに、
似ている後ろ姿に、
季節外れの蝶に、
もう会うことのないあの人の気配を探す。

途方もなく遠くに感じるかと思えば、
その曲がり角をそっと覗き込んだら、
視線をどうにか少しずらしたら、
また会えるんじゃないかと、
とても近くに感じる時もある。

隣り合うその世界にいってしまったということは、
約束ができないところに
離れて暮らしているだけなのだと思いたくなる。

待ち合わせの人の波にどんなに目を凝らしても、
あの人の姿を見つけることはないという、
夢を見続けているような現実に胸を傷めながら、
約束したあなたが現れると、いつもほっとする。

そして別れ際、バイバイ、さようならの後に
「またね」と小さな羽のようなひと言を添える。
それは、短いけれど、永い約束の言葉。

会おうと思えばまた会える、
そんな約束をあといくつ交わし、
果たすことができるだろう。

そして、誰もみな、日々の約束の果て、
いつかは同じ、約束の世界にかえる。

だから、それまで
ありったけの「またね」をあなたと繰り返す。

またね


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この記事を書いた人:

もの書き。夫と息子とリクガメと、川沿いの丘の上で暮らす。 日常や世界、音楽や時間を、詩・エッセイ・翻訳にのせて。 代表作「やがて森になる」「月の光」。カレンダー「言葉なきものたちの12ヶ月」 他『扉の言葉』を書いたり、『名まえ』をつけたり。

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