となりあう日々

草木の小道にも、 人の心の小道にも、 春夏秋冬がある。第5回「葉っぱのひとり言」

葉っぱのひとり言

ある眠れない夏の夜。
眠らない川を渡り、
眠る町を散歩していたら、
園芸店らしき場所を見つけた。

草木が覆い茂る庭に、
山小屋のような、はなれのような、小屋がぽつん。
お店なのかどうかもよく分からない不思議な雰囲気。
どれが売りものなのかも分からない。
とにかく、草木がボーボーで、見た感じすごく雑。

でも、どの草も木も、生き生きとして、
土の匂いや、植物たちの呼吸を、
暗がりの中でもはっきりと感じられた。

夜の散歩のたび、
門から続く草木の小道、
あの奥がどうなっているのか知りたいと思っていた。

そして、
その機会がやっと来た。

いつも外から眺めるだけだった門をくぐり、
小屋の脇を通り、謎の小道を一歩、一歩、進む。

途中、しゃがんでいるおじさんに、
「こんにちは…」と遠慮がちに挨拶しながら。

この緑の通路の先には、何があるのだろう。
ドキドキしながら小道を進む。

すると、そこには……
特に何もなかった。

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小道はそのまま、
マンションのエントランスに繋がっているだけだった。

草木が茂る小道を、上に下に、右に左によく見ると、
値段が書いてある小さな紙がぽつ、ぽつ見える。

やっぱりお店なんだ…と、小道を引き返す途中で、
さっきからずっと、ひとり言を言っている、おじさんと目が合う。
どうやら、ここの人らしい。

膝の抜けた、つんつるてんのズボンを履いた、
一見、かなり怪しいおじさんの正体が気になりつつも、
それよりもっと気になる、苔みたいに茂った愛らしい植物を発見。

思わず、
「これは、何ですか?」おじさんにたずねると、
「これはね、すみれの仲間だよ!崖に咲いて…」
たずねた途端、聞いたことの倍以上、しゃべり出すおじさん。

そして、緑のその奥をよく見れば、
ちまたの園芸店では見たことがない、珍しい草や花たち。
そう伝えると、
「だってさ、他と一緒じゃつまんないじゃん!」とおじさん得意げ。
たしかに。草木を見て、こんなに胸が高鳴るのは、初めてだった。

「この子の名まえは?育てるの大変?暑さに強い?冬は?」
私の質問に、おじさんは全部答えながら、
「こんなのはよー、ほったらかしなんだよ!」
「ああこいつは強い!どんどん成長してギャングみたいなんだ!」
黙って聞いていると、ここの植物はほぼギャングだ。

ぶっきらぼうながら、とにかく色々とよく教えてくれるおじさん。
入り口で蚊にさされまくりの夫を待たせたまま、
すっかり、おじさんの庭のとりこになってしまった。

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一見、雑に見えるこの庭では、
ひとつ、ひとつの植物が活き活きとしていて、
大小、高低、太細、さまざまな植物同士が、
助け合いながら生きているのが伝わってくる。

雨風の日、猛暑の日、極寒の日、
互いの葉で、根で、枝で、かばい合いながら、
隣り合う命を慈しみ、自らの命を生きている。
もの言わぬその姿に、胸が熱くなる。

聞けばその昔、
おじさんは農大の先生に教えていたこともあったらしい。
今も、学生が勉強に来るという。
だって、ここ、植物のこと学ぶの楽しいもんね、私何も知らないけど。
「みんな、初めは何も知らないもんだよ。そんなの当たり前!」
時折、やさしい笑みを見せる。

その分厚い唇には、ずっと蚊がとまっていて、
叩きたい衝動を抑えながら、
おじさんの庭から、我が家の草木を迎え入れようと決めた。

たくさん草木の名まえを教えてもらったけれど、
どれも初耳で、聞いたそばから忘れてしまったので、
次は、ノートとカメラを持って学びに来ますと約束。

最後に、
「あーこれ持って行きなよ!」と、
いきなり庭の草を引っこ抜き出すおじさん。

「ええ!買いますよ!」と慌てる夫。
「いいんだよ、持ってって!こいつはギャングだからね!強いよ!」

泥だらけのギャングを、
我が家の庭の初めての住人として迎え入れた。

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それから夏を越え、秋を迎え、
いつの間にか、
私はおじさんを「葉っぱ先生」と呼ぶようになっていた。

ある冬の始まりの朝、庭木に水やりをしていたら、
葉っぱ先生の所から来た子の元気がない。
どうしてかな、お水もあげてるし寒さにも強いはずなのに。

今日は木曜日、町で採れた野菜の即売日。
葉っぱ先生のところと、目と鼻の先。
よし両方、行っとこう。

「先生ー久しぶりー」と声をかけると、
「おー」と厚着して冬バージョンになった先生。

「みんな、元気かー。あれとあれとあれはー」と、
我が家に来た子たちの名前をつらつらという。
誰がうちに来たかを全部覚えているのだ。

その中に、今朝元気のなかった子の名前をとらえ、
「あ!それがね、元気ないの。先生のとこの兄弟たちこんな元気なのに」
「そりゃガス欠だな。この肥料をあげるといい」

そう言うと、
カチカチに詰まった白い粉の袋を小屋の棚から取り出してきた。
「これ大さじ1に水2リットルな。市販のなんてさ全然ダメ!」
よく分からないが、怪しい白い粉を手に入れた…。

ついでに、
夫の実家から引越してきた、元気のない八重桜の木にも、
この白い粉、効きますか?と聞いてみる。

すると「いやー弱っている桜の木に肥料は良くないな。
あげるなら春。今はしっかり休ませた方がいいよ。
春も花は咲かせないように。
2〜3年は、花を咲かせるよりも、まず体を強くしてやらないと」

そうか、花を咲かせるには強い幹がいるんだな。
焦るなかれ。
内なる力を蓄える。
それが何年でも、しっかりと。

花には、花それぞれに咲き時がある。
人も、木も、同じだなんだねと言うと、
「そうさー!」と頷きながら、あのやさしい笑み。

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春になるまで、元気のない八重桜にできることは、
「おはよう」「ただいま」「寒いね」と声をかけることくらい。
草も木も、ちゃんと人の言葉を聴いていると聞いたことがある。

先生はいつも、私が気に入った植物を見つけて、
素人が育てるのに「難しい?」とたずねると、
「簡単だよ」と答えるのではなく、
かならず「やさしいよ」と答える。
いつものギャング口調とは違って、穏やかに、とても柔らかく。

先生はこの辺りでは
「ひとり言の多い、変わった植木屋のおじさん」
と思われているらしい。

でも、先生のひとり言は、ひとり言じゃない。
草木に話しかけている、いや、
草木のひとり言に耳を傾け、話しをしているんだ。
だから、先生のところの葉っぱ達はあんなに元気なのだ。

怪しい白い粉の力だけじゃなく、
やさしい言葉の肥料は、
季節を越えて、いつかの春の八重桜にも届くはず。

草木の小道にも、
人の心の小道にも、
春夏秋冬がある。

花散りながら、芽吹く春。

水涸れながら、盛る夏。

枯葉落とし、実る秋。

凍えながら、蓄える冬。

季節ごとに出会うかなしみの中で、
やさしい言葉の種を蒔きながら、
めぐる四季を歩んでる。

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この記事を書いた人:

もの書き。夫と息子とリクガメと、川沿いの丘の上で暮らす。 日常や世界、音楽や時間を、詩・エッセイ・翻訳にのせて。 代表作「やがて森になる」「月の光」。カレンダー「言葉なきものたちの12ヶ月」 他『扉の言葉』を書いたり、『名まえ』をつけたり。

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