出会いの中に隠れているもの

踊りながら巡り逢う人たち

この連載は、ドイツを拠点として活動するダンサー振付家、神谷理仁さんのエッセイです。
ダンサーが踊るように描く、出会いに纏わるお話をお届けします。前回までの物語はこちら

世界でふたり。

2003年10月、まだ踊り出して半年くらいのとある夜、東京の中華料理屋で友人の田中くんと待ち合わせ。田中くんは下まつ毛が長くて黒い。何処かピエロにも似た青年。写真を始めようと思うんだけど、良い一眼レフカメラを教えてくれない?田中くんにそう尋ねられ、僕はニコンFM2(フィルムカメラ)を勧めた。田中くんとは久しぶり、ゆらゆらと向かい合うテーブルの間で、それぞれの流れが混ざりあう。物哀しさもすこし溶けた美しい夜の、別れ際に田中君がこんなことを言った。

「この世界で二人だけ、誰とでも出会えるなら誰と出会いたい?」

僕らはロマンティック

振付家のピナバウシュさんと舞踏家の大野一雄さんに会いたいなっ、と僕はファイナルアンサー。ピナとは必ず何処かで出会えるという感覚があるけど、大野さんとはなんだか出会わない気がする。というより何処かでもう大野さんとは出会ったような気がするんだ。天国か生まれる前か、だからこの地上で会わなくてもいいんだ…。若く無邪気で恐れを知らぬ当時の僕の物言いにカンパイ。大野一雄氏の名をまだ知らなかった田中くんに、90歳を越える世界的にユニークでスペシャルなダンサーだよと説明すると、Old Dancerね、オーケーィ。すらすらすらっと田中くんはメモを走らせる。

ちゃんとすれ違い

3週間後、ピナバウシュが振付けるブッパタール舞踊団の日本公演が新宿で5日間続いた。僕は、一番安い3000円のチケットを5枚買った。もちろん全て見る気満々であったが、5日間の内1日だけ、どうしても行けなくなった日があった。運命のいたずらか、神の粋な計らいか、田中くんは買ったばかりのニコンFM2をぶらさげ、僕が行けなくなった日の公演に足を運んでいた。

ちゃんと出会う奇蹟

僕なりのフィルムでその日の田中くんにフォーカスしてみる(当時、田中くんから聞いた話しの記憶を辿って)。田中くんはこの日、連日続いたアルバイトの疲れが溜まって公演中に眠りこけてしまう。スタンディングオベーションが聞こえてきてパチリと目覚めると、大後悔の荒波が田中くんを襲う。僕はいったい何をしていたのだ?何故こんなにも素晴らしい時間を見逃してしまったのか?笑顔を浮かべ帰路に向かう客たちの流れの中、一人呆然とロビーに腰を沈める田中くん。

しばらくボォーっと浮子のようにそこで漂っていたのだが、ふと気づいて見ると目の前に車椅子に乗った老人がいる。その老人のことが妙に気になって、眺め続けていると、劇場の扉がゆっくりと開かれる。車椅子の老人は劇場の中へと押され進み、田中くんは車椅子の老人の後をそっと追いかける。舞台は近づく。そして「現在、過去、未来のこどもたちのために」のステージ奥からピナバウシュがやって来る。わお。

Bravo!!

みなさんもうお気づきでしょうか?田中くんがこの時追いかけた老人こそ、大野一雄氏。 予告通り僕は大野一雄さんとすれ違った。田中くんはピナの作品で眠りこけてしまったけれど、すらすらっと中華料理屋でメモったOld dancer、世界のKazuo Ohnoにバッチリ出会った。ピナと大野さんはお互い大切な友人同士。その場でふたりはキッスをした。その瞬間、田中くんが何も考えずシャッターを切った。(Bravo!!)

ステップがスキップに

2005年5月、留学先のパリのとある午後、市立劇場でピナバウシュの公演が今夜あるよと耳にした僕は、急いで劇場に向かう。劇場では彼女が日本からインスピレーションを受けてつくった「天地(TEN CHI)」という作品が上演されていた。シャトレでメトロを降りた辺りから、なんとも気分が盛り上がり、地下道をスキップで進む。ふわふわっと綿あめ的な明るい光が軽く内に溢れ、今日はピナにきっと会えるな、と想った。カバンには田中くんから受けとったあの写真が隠れていた。

ちゃんと出会う奇跡 vol.2

劇場に着くと既にチケットは完売。劇場前でチケット一枚シルブプレっと紙っぺらをぷらぷらさせていると、ラッキーなことにラクロアさんというご婦人がチケットを譲ってくれた。メルシーボークー。劇場に入り椅子に座り込むと、ポニーテイルの品の良い女性のうしろ姿が目に飛び込む。あっ、ピナだ。展開が速い。僕の目の前に座ってる。ドキンドキン。心拍数加速。いきなりマイスターとの超接近戦。でもまだ話しかけてはいけない。だって大好きな振付家が公演で踊るダンサーたちをここで見守っているんだから。

公演終了後、劇場そばのバーに腰掛け、妙な確信と共にピナを待ちつつビールを飲む、乾杯乾杯。事実、既に何処かで書かれていた脚本のような時はやって来た。シーン123、バーでピナを待つ日本人青年の目の前を横切るピナバウシュ。よ〜い、アクション!心の中でガッツポーズしつつ、フットワーク軽く店を飛び出すと僕は、ピナ!、と声をかけた。

ライフの転がる先の巡り会い

ピナのことはいろいろ書きたいけれど、写真を手渡した時のことだけをここに書こう。僕の友人がこの写真を撮ったんです。あなたや大野さんに了解をとって撮影した写真ではないから、僕も僕の繊細な友だちも大丈夫かなぁって少し心配しているんです。でも僕らはこの写真を、本当にビューティフルだと思っています。だから、あなたが気にいってくれると嬉しいのだけど…そう言って、ドキドキしながらピナに写真を見せる。ピナは黙って写真を眺め、僕を眺め、目を細め、こんな瞬間に写真撮っていい?なんて聞く方がむしろ野暮よね。とても素敵な写真だわ。ありがとう。そう言って笑いかけ、キスをくれた。コロコロコロとここまで転がってきて、やっとピナに巡り会えた。

田中くん(田中誠司くん)は、大野一雄さんのところへ写真を届けに行ったことがキッカケで舞踏と出会い、今では奈良を拠点に舞踏家として活動している。僕は僕でこの後ドイツで振付の勉強を始めるのだけど、それはまた先のお話。

写真提供協力:田中誠司

<つづく(12/19公開)>

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この記事を書いた人:

振付家&ダンサー。東京都生まれ。フォルクヴァング芸術大学卒業。踊りを通して知らない場所や人と出会うこと、予定調和ではない驚きや想像性と出会える空間をつくることをテーマに活動している。

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