となりあう日々

誰しも、自分が自分であること、その手がかりを求めている。第3回「ラーメン味の夢」

行きつけのラーメン屋さんは、
かかりつけのお医者さんと同じくらい、
自分の町に必要だと思っている。

美味しいラーメンが食べたいなあと思っていたある日、
抜群のタイミングで出会った青年。
見るからに食いしん坊な彼は、
今年できたばかりのラーメン屋さんで働いている。

彼のラーメン愛は凄まじく、
初対面の1時間ほどラーメンの話のみ。
スマホの写真を見せてもらったら、
スクロールしてもしても、出るわ出るわ、
ラーメン、ラーメン、またラーメン。
こんな見事なまでのラーメンスマホを見るのは初めて。

話の終わり間際ちらりと、
「でも女の子との出会いが…」呟く青年。
「え!女の子に興味あるの?(失礼)」
「でも彼女に
『私とラーメン、どっちが大事なの?』
って迫られたら、どうす…」と言いかけたところで、
「ラーメンっすね!!」とかぶせ気味に答えてきた。

自分が好きなものを、心がしっかり握っている。
そんな彼が作るラーメンは、
きっと美味しいに違いない。

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冷たい風吹く、ラーメン日和の昼下がり。
この時とばかりにそのお店をたずねた。

食券を買いそのお店に入ると、
店長らしき若い男性が出迎えてくれた。

出てきたラーメンは、
大事に大事に育てられた箱入り娘みたいな、
とても綺麗なラーメンだった。
味も、しかり。

「言ってた通りだ、すごい美味しい」
そう言うと、店長さんは、
「ありがとうございまっす!
いやー、これはですね…」
そして、また出た溢れ出すラーメン愛。
このラーメンにかけた食材のこと、
これから開発しようと思っている麺のこと、
中高年向けに優しいラーメンも考えていること。

「でね、これ新人賞、取っちゃって。
トロフィー頂けるらしいんすけど、
郵送で来るんすかねー。
トロフィー郵送って、
なんか、おかしくないっすか?
いやあ、おかしいなあ。くふふ。」

嬉しいよね。
自分が努力して作り上げたもの、
自分が好きだと思うものを、
誰かに認めてもらえるって。

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開店して半年。
自分にしか出せない味を求め、
努力、勉強、修行、失敗、試行錯誤、
店長さんの話には、その全部を感じたけれど、
本人はいたって楽しそうで、
「好きであること」の底力を感じた。
それを人は、情熱と呼ぶのだろう。

ラーメンの濃さ、麺の硬さなど、
感想を聞かれたから、正直に答える。
なるほど、謙虚に聞くことって大事。
でも、皆の言うこと全部を聞いていたら、
個性がない、つまらないラーメンが、
出来てしまったこともあるらしい。

素直な柔らかい心と、
信念を貫く鉄の意志。
どんな事でも、そのバランスは難しい。

そして、来年からは、
新人とは呼ばれなくなるから、
ラーメン界の大先輩たちに混じって戦うのだ。
その中で、目指すは
「自分にしか作れない味」をもって、
お客さまの「美味しいよ!」に支えられ、
いつか「名店」になること。

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もともと、数年前までは、
全く別の業界にいたという店長さん。
ラーメンにも特に興味はなかったらしい。

それがある時、迫られた選択や、
縁に手繰り寄せられ、ここにいる。

人は、恋に、夢に、惚れっぽい時期を経て、
そんなに沢山を愛せはしないのだと知る頃、
コロコロコロと「これはいかが」と、
思いもよらぬ夢を差し出されることがある。

そのうち夢は、コロコロと転がり出し、
その先は、果てしない。

夢を追って、走っているのか、
夢に引き寄せられ、走らされているのか
分からないまま、いつまでも道半ばだ。

誰しも、
自分にしか作れない味、
自分にしか出せない音、
自分にしか描けない絵、
自分にしかできないこと、
追うものは違えど、
自分が自分であること、その手がかりを求めている。

凍える風が吹く日、
隣で走るラーメン味の夢を食べながら、
冷めることのない夢を追う。

で、
トロフィーは、送られて来たの、かな?


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この記事を書いた人:

もの書き。夫と息子とリクガメと、川沿いの丘の上で暮らす。 日常や世界、音楽や時間を、詩・エッセイ・翻訳にのせて。 代表作「やがて森になる」「月の光」。カレンダー「言葉なきものたちの12ヶ月」 他『扉の言葉』を書いたり、『名まえ』をつけたり。

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