となりあう日々

あなたの暮らしを、 お腹のなかから抱きしめます「Life」

ひとことに、
「楽器」といっても色んな楽器があるように、
「カフェ」にも様々なカフェがある。

この町に、
『Life』という名前のカフェがある。

私達がこの町に引っ越してきた同じ頃、
生まれたばかりのそのお店は、
外から見ると、いつも静かな様子で、
何か強烈な個性があるわけでもなく、
入るきっかけもないまま時が過ぎていた。

この町に住んで1年半ほど経ったある日。

友達を駅まで送った帰り道、突然の大雨。
雨風に遮られ、もう前に進めませんという所で
ふと脇を見ると、久しぶりの『Life』の看板。

ずぶ濡れのまま、お店の中へ。
いつも外から見えていたマスターは、
なんとなく話しかけづらい印象だった。

「温かいミルクティーをお願いします」と頼む。
しばらくして、何も言わずコトンと
無口に置かれた、大きめお椀のミルクティー。
でも、ゆっくり、ゆっくり温められたような、
とても優しい味がした。

「こんばんはーー!!」
嵐を突き破る元気な子どもの声がして、
後からお母さんが入ってきた。
マスターは慣れた様子で「はいはい」と
奥から白いビニール袋に入ったものを渡す。

中身は、お弁当らしい。

「マスターのとこで食べたいーー!!」
子どもが母にせがむ。
そして、かなりのだだをこね始める。
こんなに立派な「だだ」を見るのは久しぶりだ。
素直にだだをこねられるって、
うらやましいし、すばらしい。

「今日はもう早く帰らないと」
「そうだよ」
マスターのその声には、
寡黙なミルクティーのお椀の中の温かさがあった。

子どもは、ぐずりながら頷いて、
じっと見つめていた私の視線に気がつくと、
恥ずかしそうに微笑んで、帰って行った。

「かわいいですね」
ミルクティーに語りかけるように話しかけてみる。
「ふふふ」
ミルクティーみたいな、微笑みが返ってきた。

また少しすると今度は、
勢いよく雨に濡れた青年が入って来た。
どうも、またお弁当の注文らしい。
「魚、あるよ。あとは…」
「じゃあ、7時半に取りに来ます」
おかずの相談が終わり、青年は出て行った。

お店にお客さんが見えない時も、
お店にいない常連さんが、沢山いるのだと感じた。
しかもマスターは、
お客さんそれぞれに合ったおかずを用意して。

1年半の間、
このお店はこんな風に町で芽を出し、
小さな花をいくつも咲かせていたのだ。

勝手にじんわり感動していると、
「あのーすいません」
見上げると小鉢がたくさん乗ったお盆を抱え、
マスターが立っていた。

「ちょっとだけ、おばあさんに届けに行く間
いいですか、5分くらい…」
ええっいいんですか?!私のような新顔に!

sample

『Life』2回目は、よく晴れた、
でも、心と頬にぽたぽた雨のやまぬ午後だった。

涙がレンズの水玉模様になって、
メガネにワイパーが欲しいよと思った時に、
また前を通りかかった。

大雨の日と同じ気持ちで扉を開け、
あの、いい「だだ」をこねていた子が食べた
ご飯を食べてみたいと思った。

「こんにちは。今日はご飯、食べに来ました」

豚肉とピーマンの肉味噌炒めをメインに、
お家で食べるようなおかずが、
四角い白いお皿にちょこんちょこんと並ぶ。

「いただきます」
「めしあがれ」

ひとくち、またひとくち食べているうち、
泣き腫らしてじんじんしていた、
まぶたの重みが、軽くなってゆく。

「今日ね、かなしい気持ちできたんだけど、
ご飯のおかげで、元気になった」
「落ち込んだ時、いつでもいらっしゃい。
いつでもウエルカム!」

涙のなごりがある時は、
優しくされるとまた泣き出してしまいがち。
でも、あったかご飯の湯気で乾いた頬は、
再び雨に濡れることはもうなかった。

sample

「楽器」ひとつ、ひとつが音楽を成すように、
「カフェ」は、それぞれが、
それぞれの役割を町の中で果たし、
隣り合う誰かの日々と交わりながら、
町そのものの日常を奏でている。

町の集会所みたいなカフェ。
文化の発信源のカフェ。
非日常を味わえるカフェ。
隠れ家のようなカフェ。

お店の名前が、ずっと気になっていた。
でも、たずねる前に分かっていたよ。

『Life』
それは、生きる、暮らし、人生、命を頂く。

「あなたの暮らしを、
お腹のなかから抱きしめます」

そんな名を持つ、町の台所カフェ。

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この記事を書いた人:

もの書き。夫と息子とリクガメと、川沿いの丘の上で暮らす。 日常や世界、音楽や時間を、詩・エッセイ・翻訳にのせて。 代表作「やがて森になる」「月の光」。カレンダー「言葉なきものたちの12ヶ月」 他『扉の言葉』を書いたり、『名まえ』をつけたり。

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