おやすみの前に

【おやすみの前に】いつだって、伝えたい気持ちがあるかぎり、 きっと、言葉に終わりはない。

手紙

初めての文通は、
手紙ではなく、机の端っこの落書きだった。

中学生のころ通っていた塾の机に、
ある日、詩のような一文が書かれていた。

ノートとテキストの隙間から、
ちょっと見える机の狭いスペースに、
鉛筆で書かれた小さな文字。

まるで、
海辺でメッセージの入った小瓶を拾ったような、
見知らぬ誰かからの手紙を
そっと受け取ったような気持ちになった。

そして、ためらいながら、
その詩の一文の次に、詩の続きを書き足した。

しばらくして、
また同じ席に座ると、
なんと、
私の一文のあとに新しい一文が加えられていた。

同じ筆跡。
同じ子だ。

嬉しくて、ドキドキして、
何度も、何度も、読んだ。
そして続きを書くと、次には、またその続きが…

塾に行くのが嫌で嫌で休みがちだったのが、
毎週の塾が待ち遠しくなった。

ある日は、歌詞が書かれていて、
(By 〇〇)とあったアーティストのCDを調べ、歌詞の続きを書いた。
またある日は、
私が好きな歌手の歌詞を書いたら、歌詞の続きが書かれていた。

そんなことをするうち、
机の上は、詩でいっぱいになった。

どんな人が書いているのか気になったけれど、
それを調べる術もなく、
塾にちゃんと行くようになった私の成績は上がり、
皮肉にも、クラスが変わることになってしまった。

でも、どうしても、机の言葉の行方が気になり、
どうにか見ようと頑張ったけれど、教室はいつも使われていて、
結局、言葉の続きを見ないまま、
学年が上がると同時に塾をやめてしまった。

名前も、性別も、分からない誰かと、机の端で交わした言葉。

ぷつり、突然に途切れた言葉を、あの子はどう思っただろう。
でも、これが最後と分かっていたら、
私は何を書いただろうと考えると、何も浮かんで来ない。

今もまだ、誰かに、
返事を書いていないような気がする。

いつだって、伝えたい気持ちがあるかぎり、
きっと、言葉に終わりはない。%e6%89%8b%e7%b4%99

<完>

この記事を書いた人:

もの書き。夫と息子とリクガメと、川沿いの丘の上で暮らす。 日常や世界、音楽や時間を、詩・エッセイ・翻訳にのせて。 代表作「やがて森になる」「月の光」。カレンダー「言葉なきものたちの12ヶ月」 他『扉の言葉』を書いたり、『名まえ』をつけたり。

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