石垣島移住日記

【石垣島移住日記】夢に見た自然の中での暮らし、わずか2週間で思い知らされたこと。

2016年4月、東京は浅草の家を徹夜で引き払って、僕はすっかり初夏の陽射しの石垣空港に降り立った。

肌の表面がぎゅっと焼かれたと思うと、たっぷり湿度を含んだ空気がとりなすように包んでくる。その振れ幅が寝不足の神経には少し負担で、何度か大息を吐いた。

島で唯一の知人の方が、空港まで迎えに来てくださっていた。僕は緊張して、ぎこちなく助手席に乗り込んだ。車はグンと加速して、生まれて初めての南の島での暮らしが始まった。

「こんな機会、逃したらだめだよ。今すぐ返事しようよ。」

僕は魚ばかりを描く絵描きをしている。
子どもの頃から絵と魚が大好きで、ノートの隅にはいつもデフォルメされたサバやカサゴが泳いでいた。
いつの頃からか、そういった純粋な「好き」の気持ちを直視することをやめて、大人びた思慮で絵にも魚にも関係なく進学や就職を乗り越えていったのだけれど、ある日ふと「魚の絵を描こう」と思い立った。それ以来、毎週一枚の絵を仕上げてウェブサイトにアップするのが自分へのノルマになった。

何ごとも三日坊主の僕が「好き」の気持ちにしたがって魚を描き続けて3年半、魚の絵が縁を結んで石垣島への移住のお話をいただいた。
そりゃそんなの実現できたら夢みたいな話だけどさ。会社もあるし、魚の絵描きで食っていけるかなんて分からないし…
僕はまた「大人びた思慮」を持ち出して尻込みしてみせた。けれども、それを聞いた妻の答えはシンプルだった。「こんな機会、逃したらだめだよ。行きますって今すぐ返事しようよ。」

妻は僕の尻込みを軽視したのでも、それに苛立ったのでもない。ただ、すでに機が熟していることを真っすぐに見透して、僕の背中をトンと押してくれた。

僕は会社を辞め、石垣島で単身魚漬けの生活を送ることになった。

「前は海、後ろは山」の、自然に恵まれた住環境。

僕が住むのは、カニや貝の研究をしている方の家。その方が海外赴任されている間の留守を預かる形になる。

場所は市街地から見て、沖縄県最高峰の於茂登岳(おもとだけ)を越えた向こう側。島の人々には「裏石垣」などとも呼ばれていて、街では「遠いところに住んでるのねえ」と、少し呆れたような独特の詠嘆をもって感心されるようなエリアだ。

その分自然は豊かで、特に家の周りは、研究者の方が目をつけた土地なだけあって多様性に富んでいる。
家の前は雑木林を抜けると遠浅の砂浜で、数百メートル沖には珊瑚礁が広がっている。背後の山を分け入れば川の源流があり、家の北数百メートルの地点で海へ流れ込む。その河口域は島内でも有数のマングローブ林だ。

自然や生き物好きには夢のような場所に違いなかった。

自然に「めりこんで」暮らすことへの戸惑い。

ところが、家に入って新たな環境でゼロから生活を組み立ててゆくにあたって、僕は早々に自分の甘さを思い知ることになった。

僕が楽しもうと思ってやって来た「自然」は、日々の生活のあらゆる点で細かな圧力をかけてきた。突如目の前に現れる、大きくて動きのすばやい虫。掃除をしても次の日にはまたすぐに転がっているヤモリたちの排泄物。東京から持ち込んだ厚手の衣類は、カバーをかけて吊っているとすぐにカビが生えた。

こうして書くと自分の軟弱さが恥ずかしくなるほど、どれも些細なことばかり。また、この島で暮らす以上、当たり前に付き合っていかなければならないことでもある。けれども、都会暮らしではゆったりくつろいでいた部分の神経をそうやって常に刺激され続けて、最初の2週間で僕はすっかりすり減った気持ちになっていた。

自然に接しながら、心身ともに健康に生活していこう。そう考えていた石垣島での暮らしは、実は自然に「接する」のではなく「めりこみ」、そこに摩擦を生じるものであるらしかった。
楽しむことばかりを考えていた僕は、自然からやんわりと冷たい視線を向けられた気分のまま、予定していた竹富島への滞在のために一時的に島を出た。

つづく

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この記事を書いた人:

魚譜画家。魚と水の生き物の絵を専門に描いている。学生時代は現代思想を学び、卒業後は一貫して「伝える」「表現する」ことに傾倒。東京のコミュニケーションデザイン会社にてディレクターを勤めた後、2016年4月から石垣島にて画家活動に専念。

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