人生の思い出箱

【人生の思い出箱】メロディが流れ始めたら、いつだって思い出は降り注いでくる。

青春時代の思い出の曲、チャイコフスキー交響曲第5番

クラシックが好き。というと、なんだか気取っているように見られるのが怖くて、なかなか大きな声で言えない。けれども、これまで歩んできた自分の道を振り返ると、クラシックは、思春期の私の心を形づくり、その後の人生においても、時には活力にもなり、癒やしの存在にもなってくれているのは、紛れも無い事実である。

なぜかって、その理由の一つは中高の部活がオーケストラ部だったから。あとは父親の影響が強いと思う。

オーケストラ部というと、これまたきらびやかに聞こえるのだけど、私が所属していた部活名は「音楽部音楽班」という、なんとも堅苦しい地味な名称の部活だった。私が中学1年生から高校2年生の5年間、つまりは青春真っ盛りを全て捧げたのがこの「音楽班」。そしてこの場所が、チャイコフスキー交響曲第5番との出会いの場だった。

通称「チャイ5(ちゃいご)」と呼ばれるこの交響曲は、部活に入ってはじめての定期演奏会のメインの演目だった。この曲を聞くと、今でも指が勝手に動きそうになるほど、身体に刻まれている。私が出させてもらったのは、第2楽章のみ。チェロの切ないメロディーが美しい、ちょっとしんみりした楽章である。今振り返ると、1年前まではランドセルを背負っていた13歳の少女に対して、ずいぶんと大人びた音楽との出会いだったように思う。

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オーケストラにハマったのは、ただただ気持ちが良いから

入部をする時、私はそれまで触ったこともないチェロという弦楽器を選んだ。理由は、楽器決めの日、掃除当番で遅れていったら余っていた楽器がチェロだったから。そんな単純な理由だけれども、チェロの音色は繊細で奥深く、切なくて優しくて、掃除当番で遅れた運命に今でも心から感謝している。

オーケストラにハマった理由は、なんといっても「気持ちが良い!」から。それは、オーケストラの一部となる快感と言えるかもしれない。客席で音を聞くのと、舞台で音の一部となるでは、全く次元が違うのだ。決して一人では成立しないハーモニー。他のパートに耳を傾けながら、音の波の中に入り込む。それがただただ気持ちが良くて、私は時にはサボりながらも、5年間熱心に時間と心を部活へ捧げていた。

指揮棒を振る真似をしながら、父と聞いたチャイ5

私の父親は音楽が好きで、幼い頃からクラシック、タンゴ、カントリー、映画音楽などを家や車の中で聞かせてくれた。休みの日ともなれば、赤坂のサントリーホールに連れていかれ、私は船を漕ぎながら、心地良い音楽に包まれていた。カラヤンやバーンスタインなどのビデオを見せてもらったりと、オーケストラというものに触れる機会が多かったように思う。

その中でもチャイコフスキー交響曲第5番は、父の大のお気に入りだった。高校を卒業した後も、家の中や車の中で、一緒に聞いては盛り上がった。「ここのメロディがたまらないよね~!」と唸りながら、二人で指揮棒を振る真似をしながら、何度も一緒に聞いた。

私は、クラシックはそこまで詳しいわけではない。だからチャイコフスキーのようなメロディックでわかりやすい音楽が好きなんだと思う。チャイコフスキーの音楽は、歌詞がついていないのに、メロディーを歌ってしまうほどに、覚えやすくて心に響くのだ。だから、クラシックってなんだか難しくてよくわからない、という人には、チャイコフスキーを勧めたい。きっと、味わいやすい入り口になってくれるはずだ。

社会人になり、いつしかのボーナスで父を「チャイ5」に連れていったことがある。父は日本人なのに「ブラボー!」と恥じることなく大胆に叫んだりする。その日もいつも通り「ブラボー!」と嬉しそうに手を叩く父の横で、私は恥ずかしくて小さくなっていた。

子どもが生まれてから、チャイ5をはじめとした、お気に入りのクラシック音楽を息子たちに時々聞かせている。途中で子どもは飽きていく傍らで、私は思春期の血が騒ぎ始めて、音楽の波にのめり込んでしまう。そして交響曲のフィナーレ「ジャン、ジャン、ジャーン」と終わると「ブラボー!」と叫び手を叩かずにはいられない自分がいる。

メロディが流れ始めると、思い出たちは一斉に降り注ぐ

10代の頃に出会った音楽というのは、心の中に再生ボタンを残しているのかもしれない。いつだって、その音楽を聞くと、あの時と同じように、胸が締めつけられて、心が奪われる。

きっと、心が今よりずっと柔らかかった頃に出会ったから、心の奥底まで沁み込んでいるのだ。何度洗ったとしても消えることのない、表面をぶつけたくらいでは崩れることのない、根深く心にあり続けるもの。

地下の練習室までのひんやりとした階段、演奏会前日の緊張感と高揚感、部活仲間と歌いながら歩いた帰り道、そしてブラボーの声と嬉しそうなあの横顔。

チャイ5の静かでちょっと暗い、ファゴットのメロディが流れ始めると、思い出たちは一斉に降り注いでくる。きっとこの先も、おばあちゃんになるまでずっと、この再生ボタンは錆びることなく、軽やかに動くのだろう。

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この記事を書いた人:

よりそう。の店長。ウェブマガジンの編集長、オンラインショップの店長業務を担当。2014年から、夫でもある社長・高崎と共に、東京から福岡へ移り住む。海と山とあたたかな人に囲まれながら、息子二人の育児にも奮闘中。

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