わたしたちの体験ノート

【わたしたちの体験ノート】「今日を生きた」と感じる、みんなの木工房「テノ森」でのゼロからのダイニングテーブル作り体験。

テーブルがほしい。テーブルは、家族みんなでごはんを囲む場所であり、子どもがおもちゃの車を走らせる場所であり、ちょっとした書き物をしたり、パソコンを置いて仕事もする場所。つまりは、家の中心とも呼べる存在。

となると、簡単に決めるのは難しい。ましてやサイズも大きく値段も決して安くはない。何年も悩んだ結果、私が辿り着いた結論は、自分で作る、という答えでした。それが実現できたのは、「テノ森」という場所に出会ったから。

2メートルの一枚板を見上げるところからスタート

福岡県福津市の津屋崎という町で、3年前から始まった「テノ森」という名の木工房。
「みんなの木工房」という言葉を掲げているこの場所では、カトラリー、時計、お皿といった雑貨から、ちゃぶ台、椅子、学習机といった大きな家具までを作ることができたりと、多種多様な講習が日々開かれています。工房では、講習を受けるだけでなく貸し工房としても、木のものづくりをしたい人たちへと開かれています。

もともとはチョコレート工場だったというこの場所。高い天井と大きな窓からは、気持ちの良い光と風が入り込みます。そして一日中工房で制作をしているとわかるのですが、一人、また一人と、いろいろな人がフラっとやってくるのです。

私は生後3ヶ月の次男を連れて木工房へ通っていました。息子は基本的には寝てくれているため作業に集中できるのですが、時には泣いて抱っこを求めることも。そんな時は、木工房に遊びにきた人たちが自然と抱っこしてくれたりと、訪れる人たちがゆるりと繋がるような、開かれた場所でもあります。

ちょうど1年前の夏、私が受講したのは、ちゃぶ台コース。作ろうとしている食卓用のローテーブルに近い形のため、こちらの内容をアレンジさせながら教えていただきました。思い描いていたのは、木の耳が残っているような、本来の姿を感じられるようなテーブル。そこで材料は耳つきの木を提案していただきました。

出会ったのは栓(せん)の木。白っぽい色と、やや柔らかい材質。2メートルほどある一枚板を見上げながら、この木が自分の家にやってくることを想像して、ワクワクと私の心は踊り始めました。

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DIYレベルではない!本格的な機械を目の前に足がすくむ。

出来上がりまでは、だいたい4日~5日。朝10時~16時まで制作をします。作るまでのプロセスを簡単に説明しますと、製材→測る→組み立てる→やすり→ニスといった流れ。まずはひたすら木をまっすぐに整えていく作業「製材」をしていきます。

今回の体験、今流行っている「DIY」といったかわいらしい響きがするようなものでは全くありません。使うのは本格的な機械。生まれて始めて見る、大きく鋭い刃がグルグルと回るような機械たちを目の前に、正直足がすくみました。

木を固定するために重いハンドルを回したり、物凄いスピードで動く鋭い刃に木をあてたり。それに加え、木くずを吸い取るための巨大な集塵機のスイッチを作業の時には押すのですが、それが爆音で、初回は「ひ~~~!」と心の中で叫びながら、教えてくださる木工房のオーナーの細井さんの後ろを必死についていくばかりでした。回数を重ねるごとに、この爆音も全く気にならなくなるので、人には順応力というものがきちんと備わっているようですね~。

一歩間違えれば危険な機械ばかりなので、もちろん丁寧に指導をしていただけます。「大浦さんもやってみますか?」と言われ、恐る恐る機械に触ってみることに。はじめは怖くて腰が引けてしまうのですが、徐々に緊張感と集中力が湧き上がってくるのです。それは、日常ではほとんど感じることのない感覚。

制作をしたのはちょうど夏真っ盛りの時期。髪の毛もびっしょりなるほど汗だくになりながら、無心になって体と心を集中させる作業は、終えたあとに爽快感がいつも残っていました。クタクタだけれども、心地のよい体の疲れ。大げさかもしれませんが「今日を生きたなあ」と感じるのです。

自分の手で道具を使いながらものをつくるというのは、きっと土器や槍を作っていた時代から、人がずっと繰り返してきた行為のように思います。私の祖父母の時代は、洋服も布団も家さえも自分たちの手で作っていたというから、こんなにものづくりが日常から離れてしまったのは歴史的にいうとつい最近のことなのかもしれません。

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毎日頭だけ使って、体と心を置いてきぼりにしているのかもしれない

無心になって体と心を動かしていると、「実はものすごく当たり前な動きをやっているんじゃないか」という想いが浮かんできて、体が次第に呼び覚まされるような、自分の中にある原始的な部分が揺さぶられました。

「今日を生きたなあ」という感覚。

普段はなんてサラサラと、そしてヒョロヒョロと生きているんだろう、と思ってしまうのです。頭ばかり必死に動かしていて、体と心を置いてきぼりにしているような。こんなにも、体と心を重ねて過ごしたのはいつぶりだろう、と。人の心の奥には「生」の意味がしっかりと埋め込まれていて、それを自分の中にもみつけた体験でした。

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明日は仕上げに向けての作業、そして家にテーブルを迎えた時に風景を綴りたいと思います!<つづく

この記事を書いた人:

よりそう。の店長。ウェブマガジンの編集長、オンラインショップの店長業務を担当。2014年から、夫でもある社長・高崎と共に、東京から福岡へ移り住む。海と山とあたたかな人に囲まれながら、息子二人の育児にも奮闘中。

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