今日も未来も、残したいモノと想い

【今日も未来も、残したいモノと想い】私に残されたのは、人生最大の断捨離の元、揺らぐことなく残った祖母の指輪

今日も未来も、残したいモノと想いを綴る特集、「私に残されたモノ編」は、私が母から残されたモノにまつわるエピソードを綴ります。プロローグはこちら

「もう全部、捨てちゃったから」

約40年間住み続けた家から引越すため、私の母は思い出の品を捨てることにひどく心を痛めていた。娘である私の姉家族との同居が決まり、家も決して広いわけではない。できるだけ少ない荷物にしようと、必死に整理をしていたけれど、最終的には混乱してわけがわからなくなった、と母は教えてくれた。「もう全部、捨てちゃったから。」ため息をつきながら、そう話す声からは淋しさがこぼれ落ちていた。

人生最大の断捨離の元、揺らぐことなく残った指輪

65年という人生の恐らく最後であり最大の断捨離の元、揺らぐことなく手もとに残ったのが、この指輪だったという。私も憶えていた。祖母のふっくらしたしわしわの手と一体になっていた、この指輪。

祖母は60歳になってから、お弁当屋で働き始めた。料理上手な祖母が担当したのは、煮物、煮付け、煮豆など。お弁当がおいしいと評判になり、短い期間だけ手伝う予定だったのが10年も勤めることになったのだそう。

お弁当屋さんのオーナーの方が体調を崩し、店を休むことになりかけた時、祖母が代わりに取り仕切って営業をさせたこともあった。祖母が店を辞める最後の日、オーナーの方から「長い間助けてもらい有り難く、感謝の気持ちでいっぱいです」と言われ、この指輪を渡された。祖母は「こちらこそ有り難いです」と言ってずっとその指輪をつけていた。それは、病気で指から指輪が落ちてしまうようになるまで、ずっとだった。

胃がんを患い、会う度に祖母は痩せていっていた。細くなった指から落ちてしまうから、もっていてほしいと母はその指輪を渡された。

痩せていく祖母の手をみて、母はその時何を思ったんだろう。私はその時、まだ大学生だった。看病中の母のことを気遣うようなことは何一つしていなかった。

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指輪に宿る、祖母の想いと母の想い

「その時、(指輪を)つけてみたことはありませんでしたが、最近になり指輪を触ってみました。なんだか重く感じました。つけてみて、また重く感じました。」

未来へ残したいモノについて、母に相談を持ちかけたとき、指輪と共に送られてきた手紙には、そう綴られていた。
私も、指輪を触ってみた。指にも通してみた。
やはり、重たく感じた。

モノは、想いを宿している。

この指輪に、約40年間住み続けた家の荷物整理を終えて、一回り小さくなったような、けれど相変わらず家族の世話に心を配る母の姿が刻まれた。いつか私は、この時の母のことを想うんだろう。きっと母が、お弁当屋さんで誠心誠意込めて働いていた祖母の姿を想うように。

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<「私が残したいモノ編」へ続く>

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この記事を書いた人:

よりそう。の店長。ウェブマガジンの編集長、オンラインショップの店長業務を担当。2014年から、夫でもある社長・高崎と共に、東京から福岡へ移り住む。海と山とあたたかな人に囲まれながら、息子二人の育児にも奮闘中。

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