アート片手に、ちょっとおしゃべり

【アート片手に、ちょっとおしゃべり】左手の薬指、ドレスの光沢、気高き表情に注目。NYに相応しいミューズは、骨太の気の強い美しさをもつ。

前編からの続きです。
さて、作品に描かれたゴートロー夫人とその装束、並びに周辺の調度品たちが、どのように描かれているのか、ひとつずつよく観てみましょう。

伝わるテクスチャー。纏うドレスの黒いサテンやベルベットの上質な光沢。

モデルが身に纏っているのは、ミニマルでスタイリッシュな黒いドレスです。ウエスト部分から上は、光の反射の無い、純粋な黒。重さ、肌触りの柔らかさを感じさせる素材は、厚みのあるベルベットのように見えます。細く、細くくびれたウエストのリボン、その下のスカート部分には、逆に鈍い光沢のある、上質なサテンのように見えるドレープ。生地はたっぷりと使われ、モデル足の先まで全てを覆っています。モデルの左手が、さりげなく持った黒の扇子と共に、スカートのドレープを寄せており、そこを中心にいくつかの襞が生まれ、生地の光沢を伝えています。

胸元が大きく開き、デコルテを大胆に強調したドレス。そして、そこには “flawless”(まるで欠点の無い!)という言葉が何ともしっくりと当てはまる、完璧な、白く肌理の細かな、モデルの胸元が描かれています。
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白と黒のくっきりとしたダイナミックなコントラスト。スキャンダルの要因を生んだ宝飾の描かれ方。

モデルは大胆にも、ネックレスもイアリングも付けておらず、目立った宝飾は両肩の繊細なストラップ部分のみです。この点も、モデルの美しい純白のデコルテと、漆黒のベルベットのドレスという、白と黒の色彩における、そして二つの異なる質感における、非常にはっきりとしたコントラストを生じ、巧く強調する効果を生み出しています。ドレスのストラップは作品完成当初、右の一方が肩から下がった状態で描かれていたそうです。しかし、先述の酷評を受け、両方がきちんと肩に掛かるよう、描き改められたと言われています。

宝飾という点で見逃すことができないのは、扇子を持つ左手の薬指にある結婚指輪ではないでしょうか。現代でも使われているような、極々シンプルなデザインの結婚指輪です。これをきちんと描いたことで、モデルが既婚者であるということは、社交界で周知の事実であったというのみならず、絵としても、きちんと描かれているわけです。

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なんだか不自然?気高き表情と緊張感張り詰めたポージング。

さて、モデルの表情を見てみましょう。
ブラウンの髪はシンプルに纏め上げられ、口元はきゅっと固く結ばれています。尖がった特徴的な高い鼻を持ち、唇には、決して派手ではないですが赤の紅がさしてあります。眉と目にも、しっかりと濃く化粧をしており、その目線には感情が宿る印象はなく、無表情に目の前をじっと見据えています。正直、かなり気の強い、芯のある女性、という印象を与えます。体がほぼ真正面を向いているのに対し、頭部は不自然にも真横を向います。自然体のリラックスした姿ではなく、意図的な、モデルを演じている、というポーズと見ることができるのではないでしょうか。

背景はややゴールドを帯びた、モデルの髪の色にも通じるブラウン一色。家具などの調度品は、モデルが右手を添えたマホガニーのサイドテーブル意外、何も描かれていません。この右手も、さりげなく添えたというよりは、逆手にねじってテーブルの縁を持つように添えられています。首を真横にねじって左を見据える頭部と、逆手にねじった右手。決して自然体のポーズではなく、モデルの表情と相まって、作品全体に張り詰めた緊張感を与えているように感じられます。

無駄のない、削ぎ落とされた中にある、骨太の気の強い美しさ。

白と黒のはっきりとしたコントラストに、気高く芯のある表情。ブラウン一色の背景。ぴんと張り詰めた緊張感。無駄のない、削ぎ落とされた中にある、骨太の気の強い美しさ。なんともニューヨークらしい要素が詰まっている気がしてなりません。メトロポリタン美術館というニューヨークを代表する場所の一つにおいて、『マダムX』は、この特別な場所のミューズに相応しい、美しさを持っていると思います。

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この作品に出会った当時、私は14、15歳頃で、女性の美しさやあり方のようなものを自分なりに思考する年頃でした。写真は、その頃メトロポリタン美術館で購入したポストカードの幾つかです。女性の肖像画で気に入ったものを、主に集めていたようです。美術館で見たこれらの作品の中でも、『マダムX』の存在感は特別で、なんだか、とっても圧倒された記憶があります。印象的というより、むしろ「出会った」という言葉がピタリとくる作品でした。

今回はあまり触れませんでしたが、『マダムX』には他にもミステリーなどあるのだとか。ミステリアスで美しい作品。その共通点からアメリカ美術におけるモナリザと言われることもあるそうです。美しきは謎多し?でしょうか。人々を魅了し続ける、素晴らしい作品である事は間違いないようです。NYを訪れる機会があれば、ぜひ、本物と出会って頂きたいです。

参考資料:
▶︎ Ingo F. Walther (ed.), Masterpieces of Western Art, Köln, Taschen, 2002
▶︎メトロポリタン美術館のウェブサイト、The Met http://www.metmuseum.orgより http://www.metmuseum.org/art/collection/search/12127
▶︎ イギリス BBC-Culture http://www.bbc.com/cultureより http://www.bbc.com/culture/story/20141222-who-was-the-mysterious-madame-x

注* この記事に使用した図版は全てポストカードから撮影しています。

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この記事を書いた人:

東京都生まれ。思春期に米国NY州で数年間を過ごす。 博物館学芸員アシスタント、外資系企業での職務を経て、現在子育てをしながら、少しずつ文章を書いたり、絵を描いたりしている。
素朴で丁寧な暮らしに憧れ、骨董品や器を見るのが好き。夫の影響でキャンプなどのアウトドアも好き。
英検一級、学芸員資格を持つ。横浜在住。 日常のなかにあるちょっとした美しいもの、ことを、文章や絵にしてお届け担当。普段は妻・母として、夫と長男、長女の四人家族を支えているような、支えられているような。

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