わたしたちの体験ノート

【わたしたちの体験ノート】演じることで、心を自由に。声を出して、身体を動かして、かたくなっている心をどんどん解いていくドラマセラピーの話。

普段の暮らしの中で、それぞれがもつ頭と心のスペックに対して、いったい稼働率は何%くらいなのでしょうか。頭は判断したり、選択したり、理解したり、わりと忙しそう。けれども、心は喜んだり、苛立ったり、時には落ち込んだりするけれど、もしかするとほんの一部かもしれない。
そんなことを考えるきっかけになったのは、最近参加したドラマセラピーのワークショップの経験でした。

私の町に、アメリカから
ドラマセラピーの大御所がやってくる!

そもそもドラマセラピーとは何か?耳にしたことがある方は少ないかもしれませんね。もともとアメリカで発達した心理療法の一つで、ロールプレイや即興劇の体験などを通して、心の安定や内面成長、問題解決能力の向上等を目指す療法と言われています。

そんなドラマセラピーの大御所が、アメリカから私の住んでいる福岡県福津市の津屋崎という町にやってくる。話を聞いたのは3月のこと。もともと興味があった分野でもあり、どんな世界か覗いてみたくて、私はワークショップへの参加を決めました。

アメリカのサンフランシスコからはるばるやってきたのは、セラピストのシルビアさん(写真上)。プレイバックシアター、サイコドラマを使う、個人・ファミリー・カップルのセラピーを専門とされているセラピストです。
そして今回のワークショップのコーディネーターと通訳をしてくれたのは、山口美佳さん(写真下)。表現アートセラピストという肩書をもつ彼女は、もともと私が東京で出会った友人でもあり、同じ町に暮らしている仲間でもあります。ワークショップの中では、その場に流れている空気のようなものを音や音楽に表現してくれました。

ワークショップのまず一番初めは、これからこの場で話す内容は、この場限りで口外しないことを参加者全員で誓いました。あるがままの心を開いていいんだ、という安心感の種のようなものをもらうところから、ワークショップはスタートします。

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みんなで笑いながら、声を出し、身体を動かす
心がだんだんと解けていく感覚

導入は、ウォームアップのようなワークから。例えば、自分の名前を音と動きで表現してみよう、というもの。私の名前は「麻衣」と言うのですが、「まい」という音と、「まい」という言葉からイメージする動きを、表現します。そして私が表現した音と動きを、参加者全員が真似てリピートをしてくれます。全員の名前を、全員で動きながら音を出しながら表現する。くるくる回ったり、手や足をクネクネ動かしたり、大きな声を出したり、ちょっとジャンプしたり。正直、はじめはかなり恥ずかしいです。緊張もします。けれども、周りにいる参加者もそれは同じ。みんなで笑いながら、声を出し、身体を動かしているうちに、だんだんと心が解けていくような感覚がありました。

ウォームアップはその他にも、こんなものがありました。2組でペアになり、背中合わせになります。そこで、シルビアさんからお題が出されます。例えば「疑惑」。その言葉を、振り返ってペアになった相手に挨拶をしながら表現する、というもの。いわば演技の練習のようなもの。お題は、「喜び」や「妬み」なども。これも、はじめは恥ずかしてくてお互いに吹き出したりするのですが、回数を重ねるごとに、真剣度が増してきます。今の自分ではない存在に「なりきる」ことの面白さを味わったように思います。

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いざ、演じる側へ!
プレイバックシアターの練習

ウォームアップが終わると、プレイバックシアターという、観客や参加者が自分の体験したできごとを語り、それをその場ですぐに即興劇として演じる(プレイバックする)即興演劇の手法の練習に入ります。ワークショップや教育の場、臨床や治療現場でも使われることがあるのだそう。

私が参加したこの日のプレイバックシアターは、まずプレイヤーと呼ばれる演じる人が4人舞台に立ちます。そしてテラーと呼ばれる人が1人、なんでも良いので話をします。話が終わったあとシルビアさんの「Let’s watch.」の合図と共に、4人のプレイヤーが1人ずつ、テラーの話からイメージするものを、言葉と動きで表現します。1人、また1人と順番に表現した後、4人全員でピタリとその動きを止めます。それは一つの「絵」として、テラーに渡す贈り物のような形でした。終わったあと、プレイヤーはもとの位置に戻り、もとの状態になります。そしてテラーはひとりひとりのプレイヤーと、アイコンタクトを交わし、一連のワークが終わります。このアイコンタクトは、形として残すことのできない演技というものをギフトとして手渡すような感覚。プレイバックシアターの流れの中の大切な儀式のようなもの、とシルビアさんは教えてくれました。

私がテラーの役になった時、語ったのは最近の長男との朝のドタバタについて。「ママ、大っ嫌い」と睨みつけられてしまい悲しくなったこと、怒りたくて怒っているわけではない気持ち、幼稚園のバスに遅れることで迷惑を掛けたくなくて焦る気持ちなどを伝えたのですが、プレイバックしてもらったものは、まさにそれらの気持ちが入れ混ざった心の状態だったように思います。自分の心の中だけで感情を抱えていた時よりも、プレイバックシアターを通して見ることによって、理に適っていない混沌とした様子を「ああ、そうだよなあ」とすっと受け入れることができたように思います。

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形のない心に触れる体験
わかっているつもりで、見つめていない自分の姿

普段の暮らしの中では、どうしても優しい心、綺麗な心、真面目な心であることが求められ、自分自身もそうあろうと行動します。けれども、心の中ってそれだけじゃないよね、と思うのです。もっと汚かったり、荒々しかったり、矛盾してたり、傲慢だったり、周りに見せないようにしている部分を持ちあわせているもの。普段分かっているのに、見つめていない自分の一部を、客観的に見ることで、形のない心というものに触れたような気がしました。

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次はいよいよプレイバックシアターの本番。本番を終えた私は、涙が止まらない状態に。なぜドラマセラピーはこんなにも人の心を柔らかくするのか。その理由を考えてみました。
後編へつづく)

この記事を書いた人:

よりそう。の店長。ウェブマガジンの編集長、オンラインショップの店長業務を担当。2014年から、夫でもある社長・高崎と共に、東京から福岡へ移り住む。海と山とあたたかな人に囲まれながら、息子二人の育児にも奮闘中。

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